小さい子どもを叩くしつけも必要?
米調査で「良い子に育つ割合が高い」


ナリナリドットコム」より引用

子どもをしつける上で、時に必要とされる“愛のムチ”。家庭内でも学校でも、昨今はあまり子どもに手を上げる行動は社会的に認められにくく、そうした環境の中でいかに子どもを正しい道に導いていくか、子育てや教育の方法に頭を悩ます大人は少なくない。そうした中、米国の心理学者が「最後に叩かれたのはいくつのときだったか」という調査を実施。現在の環境と比べ、「叩かれる」ことと成長の関連性を調べる研究を行った。

この研究を行ったのは、ミシガン州にあるカルヴィンカレッジのマージョリー・グノエ教授。英紙タイムズによると、グノエ教授は179人の10代を含む2.600人に質問を行い、特に10代の人には「どのくらい叩かれた経験があるか」など、具体的な聞き取りも実施した。また、対象者には性格的傾向や進学度合いに関する質問も行い、「叩かれたことによる、その後の行動に与えた影響」があるかを調べた。

その結果、全体の4分の1は「全く叩かれた経験がない」ことが判明。そして、全く叩かれたことがない人は、叩かれた経験のある人に比べ「あらゆるポイントで、ほかのグループより悪い結果になった」そうだ。具体的には「反社会的行動や早めの性交渉、暴力やうつ」など、何らかの精神的な問題を抱えやすい傾向が見られたという。

最も良い結果になったのは「2歳から6歳までに叩かれた人」で、次いで「7歳から11歳までに叩かれた人」。ここでの違いは、7歳から11歳までの経験者の方が「よりケンカをしやすい」傾向があったものの、叩かれた経験のない人よりは「進学では成功している」そうだ。

また、英紙デイリー・メールでは、叩かれた経験のある人は「将来設計や生活力、大学での向上心やボランティア作業など、多くの能力に信頼が見られた」と伝えている。ただ、「12歳を過ぎても叩かれた人だけ、否定的な影響を受けると分かった」ともあり、子どもが大きくなってから手を出す場合は、充分な注意も必要らしい。

グノエ教授はタイムズ紙に「私も叩くのは物騒だと思う。しつけのためとしてすぐ子どもを叩くべきではないが、大きな間違いをした場合には必要になるときもある」と、時には子どもに手をあげる必要性があると主張している。

大人が子どもを叩くことを、一概に善し悪しの二元論で決めつけるのは難しいが、今回の調査・研究結果が正しいと仮定するならば、後々の子どものことを考えれば、時には手をあげることも必要なのかもしれない。


管理人コメント

子供を叩いた経験のない親はそもそもしつけ自体を放棄していた可能性がある。一方で叩いて育てた親はもともとしつけ熱心であった可能性が高く、体罰とともに言葉による教育も施していた可能性があり、そのため子供の内的規範が強かったのではないか。つまり、体罰に(あるいは体罰だけに)因果関係があったのではなく、たまたまそういう相関関係があったのではないかと考えられる。この研究自体、理論的に因果関係を証明するものではなく、このような相関関係があったという段階に留まっています。

体罰だけが子供をしつける方法ではないので(具体的な手法は予防編を参照)、そのリスクを考慮してもやはり安易に使わないほうが良いでしょう。

余談ですが、「良い子」という言葉はあくまでも観察者側から見た「都合の良い子」という意味に過ぎません。この言葉を見たら一度は意図を疑ったほうが良いでしょう。

更に余談ですが、体罰肯定派のなかにはよく「体罰否定派は体罰と虐待をごちゃ混ぜにしている」と言う人がおりますが、体罰を「無害なもの(あるいはメリットがデメリットを上回るもの)」、虐待を「有害なもの」と定義したとき、少なくとも私が納得できるレベルで根拠を挙げて両者を線引できる人を見たことがありません。肯定派は大抵の場合、体罰事件などが報道されてから後出しジャンケン的に「あれは体罰ではなく虐待だ」と言います。しかし線引をするのなら体罰による副作用が表面化する前に、将来を予測して定義しなければ意味がありません。それは専門家にとってさえ困難なはずです。

最後の余談ですが、「一貫性の原理」というものがあって、自分自身が体罰を使ってしまうと「やっぱり私が間違ってました」とは言いづらくなるものです。肯定する人の心のなかにはそういう心理もあるのです。

関連
罰則の持つ危険性
体罰の持つ危険性
性的虐待、体罰、言葉による暴力で脳が萎縮

TOP [ニート・ひきこもり・不登校(登校拒否)の原因と親]

inserted by FC2 system