体罰の持つ危険性
―全米の約3万6000人を対象に、約60年前までさかのぼって体罰の影響を調査

罰則の持つ危険性については先に紹介しましたが、ここでは体罰がディスカウントとしての効果を持つ点について、精神科医である明橋大二先生の著書「翼ひろげる子 」に詳しく書かれているので引用します。

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体罰は、叩く、殴る、つねる、蹴るなど、身体に直接、苦痛を与える罰で、懲戒の目的で行われるものですが、憲法や教育基本法、子どもの権利条約の規定にも反するだけでなく、学校教育法の十一条でも、はっきりと否定されています。

ところが、それにもかかわらず、家庭や学校で、いまだになくならないばかりか、積極的に肯定、あるいは、場合によっては必要、と考える人が少なくありません。

これは、なぜ体罰がいけないのか、ということについて、大人の認識が甘すぎるからではないかと思います。

体罰には、二つの要素があります。身体的な苦痛と、精神的な苦痛です。殴られることは、単に身体が痛いだけではなく、とてもみじめな気持ちに襲われます。

要するに、人間として、存在を否定される感じ、大切に扱われていない感じ、犬猫と同じ扱い、奴隷と同じように貶められた気持ちになります。実は、こちらの苦痛のほうこそ、子どもに悪影響を与えます

そのうえ、体罰を受ける時には、たいてい、「おまえはなんてダメな奴なんだ!」「何度言ったら分かるんだ、このバカ!」というような言葉がついてまわります。これによって、子どもの自己評価は、一気に下がってしまいます。

百歩譲って、このような精神的な苦痛を与えない体罰ならば、まだましと言えるかも知れません。

要するに、身体的な苦痛は与えるが、肯定的なメッセージの伝わる体罰です。例えば、「おまえは、こんなにいい奴なのに、どうしてこんなことをするんだ!」バーン!という感じでしょうか。

しかも、これは、体罰を加える側の自己満足ではなく、子どもの側にしっかりと肯定的なメッセージが伝わらなければ、意味がありません。

このように考えると、体罰で、良い効果をあげようとすることが、どれほど至難のことか分かられると思います。

ですから、ほとんどの場合、体罰は、子どもに悪影響を与えます

二〇〇二年、アメリカで、体罰についての、大がかりな研究の成果が発表されました(Gershoff ET,2002)。

調査は、全米の約三万六千人を対象に、約六十年前までさかのぼって体罰の影響を調べました。その結果、体罰を受けた子どもは、その時には、親の命令に従う、といった「効用」があるが、一方で、長期的には、

1.攻撃性が強くなる
2.反社会的行動に走る
3.精神疾患を発症する


などのさまざまなマイナス面が見られることが判明しました。

また、〇歳〜六歳の子どもを追跡調査した「大阪レポート」(服部祥子・田原正文『乳幼児の心身発達と環境―大阪レポートと精神医学的視点―』)でも、体罰を用いたしつけは、短期的に見ると有効に見えても、時間がたつにつれ、子どもの発達に悪影響を与えることが明らかになりました。

体罰を用いて育てられた場合、特に言葉、社会性の発達に、はっきりと遅れが生じていました。

これらは、我々の臨床経験とも、全く一致する結果です。

体罰が、その人の攻撃性、反社会性に強い影響を与えた、という事例は、枚挙にいとまがありません。

ある殺人事件を起こした少年について、担当弁護士は、少年の根本的な問題は、「愛されている感情を持てなかった」ことにあると述べています。

少年の両親は、子どもを愛していないわけではありませんでしたが、長男として非常に期待し、厳しくしつけを行いました。父親からは時々殴られており、母親からも、スパルタ教育と称して、体罰や厳しいしつけを受けていました。

それは、虐待と言えるほどのものではありませんでしたが、極めて感受性が強かったこの少年にとっては、非常な恐怖であり、自分に対する厳しい拒絶と感じられたと言います。

少年の記憶では、周一、二回は、親に叩かれていたといい、親に叱られると、祖母に助けを求めていました。この少年にとって、唯一の心が安らぐ相手が、祖母だったといいます。

少年は、「親といると神経がピリピリして気が引き締まるけど、おばあちゃんの前では、気がゆるんで気楽になれる」と述べています。学校や職場に行くと、神経がピリピリして引き締まる、しかし、母親の前に行くと、心が安らいで気楽になれる、というのが普通です。

しかし、母親の前でも、神経がピリピリして引き締まる、とは、やはり尋常ではありません。おそらく、体罰や厳しいしつけの影響と思われます。

今までの人生を振り返って、唯一のよい思い出は、幼年時代、祖母の背に負われて目をつぶり温かさを全身で感覚していたこと、それだけであり、あとの人生で、よい思い出は一つもない、と語ったといいます。

少年の極めて強い感受性、そこに加えられた、繰り返す体罰、厳しいしつけは、甘えを圧殺し、愛されていることを実感できなくさせました。そこから、自分の存在は無価値と感じ、他人も同様に無価値と感じるようになりました。

こういったものが、祖母が死去して心の居場所を失った時に、他者への攻撃性として噴出し、動物虐待から、殺人事件に至った、と考えられるのです。

「ほとんどの加害者はかつて被害者であった」という言葉があります。

確かに、体罰をすると、犯罪に走る、とは必ずしも結び付けられないかもしれません。しかし体罰を繰り返し受けている子どもは、確実に、怒りを心の底に蓄積し、また自己評価が極端に下がります。そこから、非行や犯罪に走る子どもを、私たちは頻繁に見かけるのです

少なくとも、攻撃的なテレビゲームの影響よりは、はるかに直接的な関係がある事は疑いありません。それなのに、世の中では、テレビゲームの危険性ばかりが強調され、体罰の危険性が言われないのは、極めて不思議なことです。
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※管理人コメント
明橋先生は2003年出版のこの本のなかで、世の中ではテレビゲームの危険性ばかりが強調され、体罰の危険性が言われないのは極めて不思議なことであるとおっしゃっていますが、世の中という言葉がマスメディアを指すのであれば、以下の仮説が成り立つのではないでしょうか?

メディアの制作者サイドには体罰の使用経験者がいる。ゆえに自己の経験を否定する特集を組まない。また消費者サイドにも体罰の使用経験者および支持者がいる。ゆえに体罰を否定する特集が好まれないため作られない。

前のページの資料「自立心を育てるしつけ」には、アメリカ人の親の84%〜97%は子どもに体罰を使ったことがあると書かれていましたが、日本国内におけるデータでも、内閣府の低年齢少年の価値観等に関する調査では、34歳以下の母親の57.5%が子どもをひどく叱ったり叩いたりしているという統計が公表されています。

また「社会実情データ図録」には父親から殴られたことのある中高生の割合が、2002年に男女合計で中学生が21%、高校生が26%であるとの統計が記載されています。

また「JGSS-2008による『体罰』に対する意識の分析」では、「親による体罰」に対する意識のアンケート結果で「賛成」「どちらかといえば賛成」が合わせて60.5%となっています。これには年齢・学歴による差があまりないのも特徴です。

以上のことから、消費者サイドには34歳下の母親で57.5%、父親には21%〜26%とほぼ同数の体罰使用者がいると推定できます。また制作者サイドの父親の年代にもほど同数いるのではないかと推定されます。

ここで注目して欲しいのが認知的不協和という心理現象です。人は自己の行動や信念に矛盾する情報に接した際に不快感を覚え、一方を否定して整合性を図ろうとします。このとき変えやすい方の価値観を変えるという特徴を持っています。

体罰をしたことがある消費者のグループも体罰を否定する情報に不快感を覚え、例えばテレビでそうした特集が組まれていてもチャンネルを変えてしまうのではないかと思います。

なぜならば、過去に体罰を使用した経験のある人も、もう“体罰をした人”という属性からは逃れられないからです。過去の自分の行為が間違っていたと認めるよりも目の前の情報を否定した方が楽だからです。

制作者サイドもそのことを経験的に知っているとしたら作らないのではないでしょうか?

テレビゲームのせいになっている間は親のせいではないし、ゲームをされるとテレビを見てくれないので、両サイドの利益が一致する構造も考えられます。


話は変わりますがもう一つの論点について書きます。たまに体罰(有益な概念)と虐待(有害な概念)を区別すべきだという意見を見ますが、この区別は後知恵では意味がありません。役立たせるためには予め定義して区別する必要があります。

例えば、事件が起きた後などに「ああ、これはやり過ぎたから虐待ですね」とか、問題が起きなかった人を見つけてきて「この人が受けたのが体罰です」というふうに結果を定義の条件に入れてしまうのは後知恵です。

定義には妥当な根拠が必要です。妥当な根拠とは統計や医学・心理学に基づく理論などです。

もし区別を直感に頼ってしまうと、すべての親は必ず自身が許容できる範囲を体罰とし、許容できない範囲を虐待とするのですから、親の主観の世界では虐待が存在する余地が無くなるのです(言いたいことが正確に伝わる自信がありませんが)。


余談ですが私は家庭でも学校でも体罰を受けて育ちました。しかしそれとこれとは別の話です。



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