司法と警察が介入しない学校聖域

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内藤朝雄『いじめの構造』より

3—制度の問題へ

利害構造はたやすく変わる
まず、これまで述べたことを振り返ってみよう。権力の骨組は利害図式から構成されている。このかたちが、思いどおりにならないはずの他者を思いどおりにして全能気分を味わうための筋書(他者コントロールの全能筋書)に転用される。本書で扱う権力は、いわば、利害図式を骨格とし、そのまわりになまぐさいゆがんだ権勢欲という肉がこびりついてできている。

ところで、利害図式を骨格とする権力は、それをとりかこむ「何をすればどういう損や得をするか。誰が誰に対して、何をすることができ、何をすることができないか」といった生活環境の利害構造に枠づけられている。こういった利害構造が、権力を枠づける鋳型となっている。制度や政策が変われば、このような生活環境の利害構造は容易に変わる。

たとえば内申書制度が廃止されれば、教員は気にいらない生徒の将来を断ち切ることを「やりたくてもできない」。学校に法が入れば、気にくわない人を「殴りたくても殴れない」。学校が閉鎖
的でなく、人間関係を選択できる自由度が高ければ、「友だち」を「しかと」で震えあがらせることはできない。制度や政策を変えることによって、生活環境の利害構造を容易に変化させることができる。

生活環境の利害構造が変わると、それを鋳型にして生じる権力のありかたが変わる。そして、権力のありかたが変わると、他者コントロールの全能がはびこったり衰えたりするしかたも激変する。

【事例14・いつも人の行動に注意して、びくびく生きている】
Aは学校生活を回想する。「小学校に入学して以来、……たえずその、生き馬の目を抜くというかね、……相手の行動を常に注視して、注意して、自分の行動を制御しなきゃいけないと、相手に合わせて生きなきゃいけない、というか、そういう感じでしたね。やっぱり、クラスのなかにボスみたいなのがいて、それがいじめのリーダーなんですよ。それにちょっと目をつけられると、もうダメだな、みたいな感じがありましたね」

小学校中学校を通じて、クラスには「ボス」「とりまき」「共通の人」「いじめられる人」というヒエラルキーがあった。数の上から圧倒的に多いのは「普通の人」で、いじめられるのはクラスで二、三人だった。Aは「普通の人」だった。「普通の人」は、他の人がいじめられているのを見ながら、自分が犠牲者になる可能性におびえて生きていた。

「そういうのに対立しないように、特にボスとは対立しないように、ということをたえず注意しながら生きていく」Aは他の人がいじめられているのを見ながら、たえずヒエラルキーがあるのを思い知らされていた。Aは言う。「誰も止めませんよ。止めるとへたに、こっちの方にターゲットがきちゃうかもしれないから」「いやですねえ。見ててもねえ。被害者見ててもいやな顔してますしねえ」いじめられっ子が蹴られて泣く姿がいやだった。やる側とやられる側が一方的に決まっているプロレスごっこには近寄らないようにした。

しかし中一のとき、Aは「Bをなめるなよ。Bをなめたらきたないぞ」という替え歌を歌ういじめに加わった。「そうしないと自分が強く見せられない。強く見せられないとやられるかもしれない。同情は禁物。人は敵と思え。へたにつきあうと大変だ。友だちも信用しない」

「上のほうはつながって」いた。嫌なことをされてこいつひとりなら何とかなりそうだと思っても、そのつながりで何をされるかわからないから、がまんした。また「普通の人」同士でつきあっていても、人を信じることができなかった。今つきあっている「普通の人」が、「急に、上のほうのやつらとくっついて何かするかもしれない」と思うのだ。そして、つくづく「きゅうくつだな」と思った。Aは言う。「いつも人の行動に注意してびくびく生きているというのは、みんなそう。ボスだって、下のほうから突き上げが来て、けんかで負けると転落するから、たえずけんかに強くなければならないとか、多数派をつくってなければいけないとか、そういうのはあったと思いますよ」

Aが特につらかったのは、二十四時間つきあわねばならない宿泊行事だった。何かされたというわけではなかったが、その雰囲気がいやだった。「恐怖のシステムみたいな感じでね。牢獄みたいなもんですね」「何か、人に対して逆らっちゃいけないとかね、いうことなんだ、基本的には、人の目を気にして生きるというのはね。(中略)だから、家に帰るとほっとする」Aは、宿泊行事に行く朝は腹が痛くなった。

教員は子ども集団の部外者であり、小学校のときは、教員よりも子ども同士がこわかった。小学校六年のとき、いつもいじめられていた女子が、「死ぬ」と三階から飛び降りようとして窓から身を乗り出した。それを見て、男子も女子も「飛び降りろ」と拍手喝采した。背中を蹴られて泣いていた子は、公立を嫌がり私立へ行った。

中学では生徒同士のいじめに加えて、さらに教員による「体罰」(と呼ばれる教員による暴力)があった。教員たちはこの中学校を、立派な学校だと吹聴していた。中学に入学してしばらくは、誰が強くて誰が弱いのかわからず、相手の出方を探り合っていた。そのときだけは、みんな態度が丁寧だった。

しかし、四月末にあった移動教室(合宿)のとき、ひとりのおどおどして弱そうな生徒Bが、よってたかって脱がされた。「当時ほら、まだ子どもだから、ま、皮がむけてないってあるじゃないですか、子どものあれが。それを無理矢理むいて、見ろ見ろ、みたいな感じで、ほかのやつらに見せるんですよね」このとき指図していたのは「ボス」、指図に応じて包皮をむき「お前ら見ろよ、来いよ」と言っていたのが「とりまき」、見たり見なかったりしているその他大勢が「普通の人」、というふうにヒエラルキーがはっきりとあらわれた。

一方で、女子のグループも「ぶさいくな子」を被害者にしていた。そして包皮をむかれた少年と「ぶさいくな」少女は、大部屋のなかに二人で閉じこめられた。このようないじめのイベントを通じて、こいつが強いのかとか、あいつがこいつの子分なのかとか、彼はいじめられそうだから仲良くするとあぶない、といったことがはっきりあらわれてきた。

こういった身分が確定してくるにつれて、いじめはますますひどくなった。ボスは気まぐれでボコボコに殴ることがあるが、下の者たちがありとあらゆる屈辱的な「いじめ」を行うのを、ニタニタ笑いながら見ていることが多かった。「上の人たち」は、ことばによる侮辱を毎日、けがをさせない程度の暴力を週に二、三回のペースで、二、三人のターゲットをいじめていた。ときには被害者がボコボコにされることもあった。またBに対するオナニー強要が問題になって、いじめグループが教員に呼び出しをくらったこともあった。

あるとき「ボス」が「ボス」の地位から転落したことがあった。そのときは、「われわれ普通の人」も合めてみんな誰についたら得かを考えながら、戦々恐々と「政変」をながめていた。それまで「ボス」は教員に対して反抗的で、通りすがりに「ばかやろ」と言って逃げたり、授業中にうるさくしたりしていたが、転落して「日陰者」になると、おとなしくなった。

女子のグループでも、「とりまき」のひとりが集団無視をくらい、活発だったのが急に変わった。彼女はそれまで、授業中いいかげんな態度をとっており、「体罰」をしない教員には当てられても「わかんねえ!」などと対していたが、急にふざけた態度をとらなくなった。また彼女は、クラスのいじめ被害者をいつも罵っていたが、それもなくなった。

暴力をふるう教員たちは、「ボス」たちと「なごやか」に「友好的」に話をする。この教員たちは、ちょっとした校則違反でも「普通の人」たちに暴力をふるうが、ボスたちが「変ないろいろなもん」を持ってきても大目にみる。「ボス」たちは、「普通の人」が食べ物やゲームなどを学校に持ってくると、「なんでそんなもん持ってきてるんだ」と脅しをかけてくる。

あるとき「とりまき」のひとりが三階の教室から、「ボスとツーカーの」教員のひとりに「○○のばか」というようなことを言った。その教員は血相を変え、駆け上ってきて、その生徒をボコボコに殴った。生徒は鼻血を出し、目が腫れ上がり、顔には「あおたん」ができていた。教員はうずくまった生徒をさらに蹴っていた。生徒は終始無抵抗だった。教員は何か怒鳴りながら、生徒に机を投げつけた。その後に担任がやってきて「何あったんだ」と聞いていた。担任は学級委員を職員室に呼びだした。学級委員は「普通の人」から選ばれる。学級委員は「ぼくらが悪かった」と泣いて帰ってきた。担任は学級委員に「おまえらが悪いんだから、おまえらの責任だ」と「こっぴどく言った」そうである。「怒らせたのが悪かった」と。その後、Aは、この教員が生徒にホースで水をかけ続けるのを見た。水をかけられた生徒は泣いていた。この教員は後に輝かしい昇進を遂げたそうである。
(筆者の聞き取り調査より)

学校の聖域扱い

先の【事例14・いつも人の行動に注意して、びくびく生きている】は、人間関係の政治(集団心理‐利害闘争)が生活空間を埋め尽くす典型例である。この場合、物理的暴力とその可能性を予期させるおびやかしが、主要な迫害メディア(媒体)となっている。

このタイプの政治空間(生徒や教員による校内暴力団支配)は、通常の市民社会の論理で考えれば、被害者や目撃者が即座に110番通報して、学校に警察を呼ぶだけで、あっというまに一掃できるはずである。【事例14】の「ボス」の一派は学校ではなく少年院に送られるべきだし、暴行教員は「指導力を認められて」校長になるのではなく、法が定める犯罪者として刑務所に入れられるべきではないか。被害者には、高額の損害賠償金が支払われるのが当然である。これが、一部の独裁国家や、武装民兵が支配する地域をのぞく、まともな法治国家のありかたであろう。

しかし学校は、こころとこころの交わりによって、たがいのありとあらゆる気分やふるまいが、たがいの生の深い部分にまで沁み込みあう聖なる共同体であるとされ、その内部を市民社会の論理と切断しておく不断の努力によって、特殊な社会として保たれている。学校の聖域扱いは、制度と政策に支えられた学校運営法として、さらに、われわれの社会の「あたりまえの善き慣習」として、定着している。このような学校の聖域扱いが強固な「あたりまえ」になると、市民社会の論理によって学校内の暴力に対処することができなくなる。というよりも、「そんなことは思いもよらない」という現実感覚が蔓延する。

たとえば、スーパーマーケットで市民が市民を殴っているのを見かけた別の市民は、スーパーマーケットの店員の頭越しに警察に通報するだろう。その通報者は市民の公共性に貢献したとして賞賛される。しかし学校で「友だち」や「先生」から暴力をふるわれた生徒が、学校の頭越しに警察に通報したり告訴したりするとしたら、道徳的に非難されるのは「教育の論理」を「法の論理」で汚した被害者のほうである。

いじめ被害者の多くは、学校の頭越しに警察沙汰や裁判沙汰を起こすといった「涜聖」的な選択肢を思いつくこともできない。いじめで自殺する少年の多くは、加害者を司直の手にゆだねるという選択肢を思いつくことすらできないままに死んでいく。それに対して加害生徒グループや暴行教員は、自分たちが強ければ、やりたい放題、何をやっても法によって制限されないという安心感を侍つことができる。学校では、厳格な法の適用が免除されるという慣習的な聖域保護政策のために、「友だち」や「先生」によるやりたい放題の暴力が蔓延する。

学校を聖なる教育の共同体であるとして万人に強制する、これまでの教育制度が、群生秩序を蔓延させている。

コラム2 いじめは日本特有か?

しばらく前まで、「いじめは日本特有」という先入観があったが、一定の環境条件下では世界のあらゆる地域で蔓延しうる。たとえば、日本より成熟した社会であるかのように誤解されがちな英米圈や北欧圈でも、学校が若い人たちの生活をトータルに囲い込む共同体のスタイルをとっているので、いじめのひどさはかなりのものだ。

イギリスの社会学者のスミスとシャープによれば、同国では毎年六〜七人の若者がいじめを理由に自殺している (スミス&シャープ編「いじめととりくんだ学校」ミネルヴァ書房)。イギリスの人口がだいたい日本の半分であることを考えれば、かなりの数である。

同じく社会学者のオルウェーズによれば、ノルウェーでは生徒の七人に一人がいじめにかかわっており、スウェーデンのいじめはもっとひどい。彼は同国の新聞記事から次のような事例を取り上げている。

【事例17・クラスメイトの玩具】
一三歳のジョンは、二年間にわたってクラスメイトたちの玩具にされた。ジョンはカツアゲされ、雑草を食わされ、洗剤入りの牛乳を飲まされ、便所で殴られ、首にひもを結ばれ、「ペット」として引きまわされた。取り調べを受けた加害者たちは、「おもしろいからやった」と答えているそうだ。
(オルウェーズ前掲書より)

人間は天使でも悪魔でもなく、いわば天使と悪魔の混ぜものである。一三歳ぐらいになれば、「やっても大丈夫」な密室状況であれば、一定数の者がこれぐらいのことを平然とやる。日本人であるないにかかわらず、である。大事なことは、なぜ「やっても大丈夫」な状況が二年間にもわたって続いたのか、なぜ学校が「やっても大丈夫な特別な場所」と受けとられ(状況定義され)てしまうのか、ということだ。これは制度・政策的な環境条件のせいであるといってもよい。大切なことは、どういう制度・政策的環境条件下で、どういうタイプの集団に、どういうメカニズムでもって、いじめが蔓延しやすくなるか、ということだ。

たとえば江戸時代の薩摩藩は、地域コミュニティ(郷中)を舞台として青少年(年少を稚児、年長を二歳という)を濃密に囲い込む、独特の自治的集団教育(郷中教育)を振興していた。稚児や二歳たちがくりひろげるマッチョな暴力(そしてあの有名な薩摩の同性愛)は、藩校ではなく、地域を舞台にしていた。地元のマッチョな勇士たちも、藩校では比較的おだやかで礼儀正しくふるまっていたという。

それに対して現代の日本では、青少年のいじめの多くは学校を舞台としているか、学校を培養基にして地域に漏出している。しばしば陰惨なリンチ事件を起こす「地元」のチンピラ風若者グループの多くは、中学校の人間関係がその起源となっている。学校で暴力やいじめにふけっている者も、町の八百屋や自動車教習所では礼儀正しい市民としてふるまう。これは一定の制度・政策的環境条件のなせるわざである。世界のさまざまな地域や歴史上のさまざまな時点を比較研究してみると、いじめの培養基の所在と制度・政策的環境条件との関係が明らかになってくるだろう。

二宮皓によれば、世界の学校は、
1.若い人の生活をトータルに囲い込むことを期待されるタイプ(英米型)と、
2.もっぱら勉強を教えることを期待されるタイプ(大陸型)と、
3.学校ではなく地域集団のほうで集団主義教育をするタイプ(社会主義型)
の三つに分類することができる。アメリカやイギリスなどの学校は、若い人たちを濃密に囲い込むタイプ(英米型)であり、それに対してドイツやフランスなどの学校は、そういうことを期待される傾向が相対的に小さい(大陸型)という
(二宮皓編著『世界の学校』福村出版)。

しかし、世界の国々の教育政策は錯綜しているので、「英米」とか「(ヨーロッパ)大陸」といった名前よりも、学校共同体型とか学校教習所型といった機能を示す名前のほうがよい。社会主義型は、地域軍団型に改めたほうがよい(薩摩藩の郷中教育を社会主義型と呼ぶのはおかしい)。

教習所型の場合、基本的に学校は乱暴なことを「やっても大丈夫な居場所」ではない。学校は共同体とみなされないので、自分たちのムカツキを受けとめる容れ物、あるいは包み込む子宮のような空間とはみなされない。暴れたらあっさり法的に処理され、学校のメンバーシップも、しばしばあっさり停止される。

それに対して日本は「生活を囲い込んでベタベタさせる」学校共同体型の、極端に突出したタイプである。その極端さが「日本的」と呼ばれてきた。日本にかぎらず、世界中の「生活を囲い込んでべ夕べ夕させる」学校共同体制度が、程度の差はあれ、若い人たちを本書で描いてきたような境遇に追いやっている。いじめは、日本特有ではなく、世界共通(あるいは人類普遍)の心理−社会的なメカニズムによって蔓延し、世界共通(人類普遍)の心理−社会的なメカニズムによって減らすことができる。

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管理人メモ:
ところで、家庭内のおける体罰も「家庭」という市民社会の秩序が介入してこない群生秩序下において行われる。そこでは、支配者の主観的な倫理観にもとづいて暴力を正当化する“理由づけ”が行われる。

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