全能はずされ憤怒
「お前が思いどおりにならないせいで」

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内藤朝雄『いじめの構造』より

4−〈全能はずされ憤怒〉

「おまえが思いどおりにならないせいで」
他者コントロールによる全能を求める者は、他者に侵入し、コントロールを試みる。そして、自己の身体の延長のように思いどおりにコントロールされる他者の内側から、全能の自己を生きようとする。

このように、自己ならざる他者の中から全能の自己が生きられるのであれば、その自己をうつしだす他者のふるまいしだいで(他者が思いどおりになってくれないというだけで)、うつしだされるはずの全能の自己は容易に解体してしまう。あとに残るのは、不全悪である。そこから、いじめ加害者によく見られる独特の被害悪と、憎悪と、残酷が生じる。そこには加害者なりの独特の論理がある。それは、次のような、じつに手前勝手な論理である。

「おまえが思いどおりにならないせいで、わたしの世界が壊れてしまったではないか」
「わたしの世界を台なしにしたおまえが悪い。そういうおまえを、台なしにしてやる」


被害者が、いじめられるのを拒否すると、多くの場合、加害者のほうが、このような「態度をとられた」ことに、独特の被害感覚、屈辱感、そして激しい憤怒を感じる。そして、全能の自己になるはずの世界を壊された「被害」に対して、復讐をはじめる。

このような憤怒を〈全能はずされ憤怒〉と呼ぼう。はっきりとした拒否だけではない。いじめ被害者が、自分の身体の延長のようにふるまわなかった、あるいは、自分とは別の人格を有する他者として、独自の生を生きているように感じられた、といったことすら、加害者の側には、自分たちの世界にひび入った手に負えないキズとして感じられる。そして、そのような態度を「とられた」側は、どうしようもない被害感と憤怒を感じる。

このような「全能をはずされた」憤怒による攻撃衝動は、目標に対する障害を退けようとする戦略的な攻撃とは異なり、しばしば相手を滅ぼし尽くすまで止まらない。思いどおりになるはずのいじめ被害者(奴隷)が思いどおりにならないときの憤怒の激しさは、完全なコントロールによる全能を期待し、必要とし、またそれを外された場合に感じる不全感によるものなのだ。

全能の自己が孵化する肉塊

事例をみてみよう。
【事例8・主人と奴隷の弁証法】
ノンフィクション作家の佐瀬稔は『いじめられて、さようなら』(草思社)で、あるいじめ自殺について次のように綴っている。

「和夫は『おい、次郎。パンとジュースを買ってこい』と命じた。(中略)和夫にしてみれば、一年生のころから何度となくやらせていた日常的な使い走りである。(中略)まったく意外なことに、次郎は『いやだ。みつかったら先生に叱られる』と断った。命じればなんでもやる。必ず言うことをきく。『だから次郎はオレのいい友達なのだ』と考えていたボスは、思ってもみなかった拒否に遭い、(中略)不審に思った。

不審の念はやがて、抑えようのない怒りに変わる。命じた用事を拒まれたからではなくて、おのれの存在そのものを拒否された怒りだ。(中略)『さっきのあれはなんだ。てめえ、オレの言うことが聞けないのか』。次郎は答えない。無言のまま、拒絶の表情を浮かべている。

和夫は少しうろたえ、とっさに体勢を立て直し、おどし道具を取り出した。ビニール・コードの一方の端の被覆をはぎとり、銅線をむき出しにして球に丸めたものだ。『おめえ、ほんとうにいやなのか』(中略)

次郎は突如として床に膝をつき、両手を下ろし、土下座の格好となって言った。『これで和夫君と縁が切れるなら、殴っても何をしてもいいです』(中略)和夫はいきり立った。『今、なんと言った。もういっぺん言ってみろ!』床に這いつくばった少年は、やっと聞き取れるぐらいの声で言った。『これで和夫君と縁が切れるなら、何をしてもいいです』夏休みの間中にけいこでもしてきたような同じ言葉。『野郎、オレをなめるのか!』和夫はビニール・コードを振るった。第一撃は頭に命中し、二発、三発とたて続けに腕や手の甲で音を立てた。見る間に、真っ赤なみみずばれが走る」

その後も、和夫は次郎を執拗にいじめ、次郎は首を吊って死んだ。そして、和夫が次のようなことをしていたことが、明らかになった。

金をまきあげる。タバコを七、八本立て続けに吸わせ、嘔吐する次郎を見て、笑いころげる。犬のように首にひもをまきつけ、床に這わせてひもを引っ張り歩き、すまきにして教壇に置く。雑草を丸めて食えと強制する。その他、針金、ごみ、洗剤などを食べさせる。硬いブラシで顔をこする。ひもで首を絞める。温室に閉じこめて蒸す。毎日のように暴行を加える。水酸化ナトリウムを背中にかけて皮膚をただれさせる。チクリに対する激しい暴行。顔にマジックでいたずら書きする。

教員たちは警察に通報しなかった。後に裁判で責任を問われた学校側は、「問題が起きたからといって、いちいち警察に届けるのは教育の放棄。裏切られても根気強く指導していくのが真の学校教育」と主張した。
(佐瀬稔『いじめられて、さようなら』草思社、畑山博『告発』旺文社、高杉晋吾「「いじめ」が死を呼ぶ残忍風土」『現代』一九八五年二百号、同「いじめを生む教育の軌跡」『中央公論』一九八六年三月号、などより)

被害者の次郎は、最後には追い詰められて自殺している。蜂の卵が孵化するとき芋虫の体を食い破っていくように、和夫は次郎に棲みつき、侵食していく。次郎は和夫の全能の自己が孵化する肉塊として、和夫の延長された身体でなければならないのだ。
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管理人メモ:
ところで、“「毒になる親」からのコントロール”の章で紹介した「ナルシシストの親・勝ち負けにこだわる親」が〈全能はずされ憤怒〉により「虐待・体罰を加える毒親」に変貌すると考えると合点がいく。


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