「父親不在」家庭が子供に与える影響

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宮本政於「危機日本の『変われない病』」より

私が勤務していたコーネル大学病院に、ジェニファー・アンダーソンという十六歳の女子高校生が自殺未遂で入院してきた。自ら手首を切ったのだが、以前からマリファナやコカインを吸うなど薬物乱用の問題もあり、高校の先生たちも扱いに困っていたという。高校で心理を担当していたカウンセラーは、当人やその家族に精神分析の必要性を説いていたが、いっこうに耳を貸してもらえなかったようだ。だが、自分の手首を切るという行為は、問題をあまり大きく考えていなかった両親に小さくない警鐘を鳴らすこととなり、精神科の私の診察室を訪れることになったのである。

私は思春期の患者を診る場合、必ず家族全員の同席を求め、家族内に存在している病理を把握することにしている。患者は、なんらかのかたちで同居している家族から精神的な影響を受けているものだからだ。また、こうした家族セッションを行う場合、相手がかなり勤揺することがわかっていても、あえて問題点を明確に指摘することにしている。なぜなら、現実を直視させることによって家族の病理が浮き彫りになり、その後の治療にプラスになるからだ。

それに、家族に問題点をきちんと指摘しないと、家族の中にひそんでいる現実否定に力を貸すことになり、かつ、「分析医のくせに、自分たち家族の問題も把握できないのか」となめられてしまうことにもなる。

孤独で寂しい家族

ジェニファーを含めた家族の中に見られる特徴的な病理は、案の定、現実否定であった。父親は海兵隊の将軍で、自分の出世にとらわれるあまり、仕事仲間は大切にするが、家庭のことは妻にまかせっぱなし。彼自身はこの事実に目をつぶり、「自分はちゃんと家族に愛情を注いでいる」と主張していた。しかし、彼のいう愛情表現とは、家族によい居住環境を提供し、誕生日やクリスマスには子どもにプレゼントをするというものである。家族、とりわけ子どもの側からすれば、一緒に時間を過ごしてくれることを望んでいたのだが、彼はそうした現実に背を向けてきたのである。

父親は一人っ子のジェニファーを溺愛していて、それに母親がかなりの嫉妬心を抱いているふしがあるのも問題点のひとつだった。父親の娘への溺愛がどれほどのものかは、最初の家族セッションの場で読みとることができた。アメリカで十六歳ともなれば、体格的にはりっぱな大人である。しかも、ジェニファーはなかなかの美人で、スリムな体型に似合わず、セクシーな雰囲気を漂わせていた。七月ということもあったが、ジェニファーが最初に私のオフィスにあらわれたときは、Tシャツにジーンズといういでたちだった。しかも、ブラジャーをつけていないものだから、乳首の輪郭がうっすらと透けて見え、目のやり場に困ってしまったくらいだ。その彼女がオフィスに入ってくるなり、父親にキスをし、彼の膝の上に腰かけたのである。父親が娘を背後から抱きしめるような格好である。母親はこの光景を見ても、「われ関せず」という態度だった。

そこで私はこう切り出した。「お父さんの膝の上に乗るなんて、小さな子どものようだね。ジェニファーはお父さんの愛情にとても飢えているように見える。でも、それにしては、どこかにお父さんを誘惑したがっているところも見えるけれど、君って不思議な存在だね」 すると、彼女は悪びれた様子もなく、にっこり笑って答えた。「そう、私はお父さんにくびったけなの」 そうした光景にも、母親はいかにも自分には関係ないという態度で、夫と娘に対して一定の距離をおいているように見えた。この距離感は、心の奥で娘に対する嫉妬心と夫に対する憎しみとが交錯していることを物語っている。専門家が診れば、現実否定が強くはたらいていることはすぐにわかる。

そこで、私は母親に、「娘さんがお父さんを独り占めしたいといっているようですが、かまわないのですか」と尋ねてみた。すると、「それと娘の自殺未遂と、いったいどのような関係があるとおっしゃるのですか」こんな慇懃無礼なコメントが返ってきた。しかし、この慇懃無礼さは、事実を直視させようとしている私に対する抵抗と怒りの表現でもある。

「それはおおいに関係あることですよ。お宅ではみんなが孤独で寂しいと思っている。でも、誰もそれを言葉にできない。ジェニファーはそうした気持ちをドラッグで癒そうとしてきた。お父さんと心のふれあいを求めようと思っても、身体は大人だから、性的な刺激を感じてしまう。そんな自分に自己嫌悪を感じ、なおさらドラッグでそれを消し去ろうとしている。でも、ドラッグではとても現実を否定することはできない。しかも、寂しさの裏には怒りがあり、それらの感情をコントロールできなくなって、結局、自分の手首を切るという行動となってしまったのです。お母さんはジェニファーに対抗意識があるものだから、彼女と一線を画そうとしている。だから、彼女は自分の気持ちをお母さんに話すこともできない。ここに悪循環が形成されているのです」

家族の中で起きている精神病理を告げる私をさえぎるように、ジェニファーはいった。「私はお父さんとはとても親しい友人なの。でも、セックスなんてしたいと思わないわ」「私はセックスなどと具体的に話してはいないよ。でも、見方を変えれば、私が指摘した内容が的を射ていたから、そんな反応を示すんだね」 このように解釈を加えると、それまでニコニコしていた彼女の顔面がにわかにひきつり、まくしたてるようにいった。「私に近親相姦願望なんてないわよ。いいかげんなことをいわないで!」「ほら、また私がいい終わらないうちに自分の感情をいってしまう。本質にふれられることが、そうとうにつらいみたいだね」私がそこまでいうと、彼女は急に父親の膝から飛び降りて、オフィスを出ていってしまった。

両親は顔面を硬直させていた。母親がこうつぶやいた。「先生のいうとおりです。うちではコミュニケーションがほとんどない。私だって一人ぼっち。主人も仕事に追われて、結局は軍隊という組織の虜になっているんだわ」「みんながみんな、自分の砦を築いてしまい、誰も入り込めないようにしている。それがアンダーソン家の実態ですね。砦が現実否定の役目を果たしているのです。ですから、まずその砦をとり払うことからはじめましょう。現実を見つめ合うことはつらいことかもしれませんが、そのつらさを乗り越えれば、コミュニケーションの場も開けてきます。現実を否定すればするほど、ジェニファーの自虐性は強まるばかりですよ」

家族セッションの結果、週一回は家族とのコミュニケーションを深める治療を行い、とくにこの家族の特徴でもある現実否定に焦点を当てることにした。ただ、この家族の場合、現実否定が一人ひとりの性格に深く関係していることもあって、ジェニファーの自虐性を最小限にくいとめ、両親も含め、コミュニケーションが正常かつ円滑になるまでには、五年ほどもかかってしまった。

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