虐待・体罰を加える毒親

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ダン・ニューハース『不幸にする親 』より

〈その7〉身体的な虐待をする親

 身体的な虐待や性的な行為をする親は、前項の「常に自分の都合が優先する親」の人格の多くを備えています。両者の違いは、前項の親は基本的に精神的な虐待で子どもを苦しめるのに対して、この項で扱う親にはそれに身体的な暴力や性的な行為が加わるという点です。「身体的な虐待をする親」には次のような特徴があります。

・暴力を振るって子どもを服従させる。

・それを子どものせいにする。

・親には子どもに体罰を加える権利があると思っている。

・衝動を抑えることができない。

・拒否や不服従に過剰反応する。

 その結果、子どもには次のようなことが起きる可能性があります。

・うつ。

・アディクション。

・いつも周囲の様子をうかがっている。

・自分がいけないのだと感じる。

・他人を信頼することが困難。

 今回私か面談した人のなかに、精神病院で助手をしている32歳の男性がいました。彼は幼い頃から、母親の暴力による虐待を受けていました。

 「母はいつも機嫌が悪く、ささいなことでもすぐ腹を立てて私をぶったり、腕をねじ上げたりした。私はそういう時でもたいていは泣かないで耐えていた。特に理由がないのにぶたれることもよくあった。時には相当深刻なこともあった。小学生の時、母は私を何度もたたいた後、爪が肉にくい込むほど強く腕をつかんでねじ上げたが、それでもまだおさまらず、耳をつかんで私を台所まで引っぱって行くと、ガス台のコンロに火をつけて無理やり私の手をかざしたのだ。

 幸い、母は本気で私の手を焼こうとしたのではなかったらしく、深刻な火傷を負うまでには至らなかったが、母はさらに私をべッドルームに引きずって行くと、私が泣くまでベルトでたたき続けた。
 父は母の虐待を知っていたが、見て見ぬフリをするばかりで一度も止めようとしたことはなかった。父と二人だけになった時にそのことをたずねたが、『仕方ないんだよ。いい子にして我慢していなさい』と言っただけだった」

 子どもを虐待する親のなかには、常識では考えられないことをする者がいます。私はセラピストとして、これまでにもたくさんの被害者と数千時間に及ぶ会話を交わしてきましたが、時として信じられないような恐ろしい話を聞くことがあります。しかも彼らは、話をする時に、自分が味わった恐怖と苦しみを過小に述べる傾向があるのです。

 最近では虐待の問題が一般にも注目されるようになり、マスコミなどでもよく語られるようになってはきましたが、それにもかかわらず、独裁者のような親による虐待の悲劇は一向になくなりません。

 この男性は今でも心理セラピーを続けており、両親ともはっきり対決して話をしましたが、今でもうつに苦しんでいます。苦痛はあまりにも深く、永久になくならないのではないかと心配しています。彼はこう言っています。

 「私はもう手遅れかもしれない。自分のことより、子どもが私のように苦しまないようにすることに専念したほうがいいと思う。わが家の悲惨な遺産を断ち切ることができるのは、彼らだけかもしれない」

 子どもを破壊する行為

 身体的な虐待をする親が、その他の不健康なコントロールをする親と一線を画すのは、文字通り子どもを傷つける行為に我を忘れるという点です。「子どもの幸せを取り上げる親」が、子どもに生来備わっている親への忠誠心を利用して言うことを聞かせるのに対し、「身体的な虐待をする親」は力ずくで無理やり言うことを聞かせて子どもを支配します。

 被害者の子どもは、大人になっても一人の人間として生きている自信が感じられず、自分に備わった能力を過小評価する傾向があります。ある女性は、独裁者のような父親にいつも暴力を振るわれていましたが、彼女は大学院の修士課程を出ているのにただの事務員をしていました。私生活においても彼女は幸せとは縁遠い人生を生きています。

「私がこれまでにつき合った相手はみな問題のある男ばかりで、一人は暴力を振るうので別れたところ、つきまとってストーカー行為をするようになった。身の危険を感じるようになり、裁判所から私に近づくのを禁じる命令を出してもらった。私はその前に結婚していたことがあったが、相手の男はアルコール依存症で、やはり暴力を振るうので離婚したのだが、その男は後に自殺した」

 彼女は今でも父親を恐れてはいますが、2年ほど前にある出来事があって、状況は少しずつ変わってきました。暴力を振るおうとした父親に実力で反撃したのです。父親が振り下ろそうとした腕をつかんで、力いっぱい爪をつき立ててえぐってやったのだそうです。すると父親は傷跡の写真を撮り、「娘が暴力を振るった。家庭内暴力だ」と近所の人たちにふれまわったあげく、裁判所に訴えると言いました。

 しかしその出来事があって以来、力のバランスに変化が起きました。彼女は自信をつけ、父親は暴力を振るわなくなったといいます。

 次は、55歳になるある女性の証言です。

 「私は子どもの時のことをはっきり覚えている。母はことあるごとに、私と3歳年下の妹をひっぱたいた。ベルトなどの物を使ってたたかれることもあった。特に、食事の時にこぼしたり、食べ残したりするとすぐぶたれた。そのため食事の時間にはいっも緊張していなくてはならず、食卓には陰うつな雰囲気が漂っていた。そのせいか、妹は食事になると気分が悪そうに見えた。

 何年も後になって気がついたのだが、妹はその頃、摂食障害を起こしていたのに違いなかった。妹は母にぶたれないように、無理やり食べ物を口に押し込んで呑み込もうとしていた。私はよく、母が見ていない時に、妹の食べ物を代わりに食べてあげた。父はそれを見ても、見ぬフリをしていた。

 その後、私は肥満児になった。妹は摂食障害が悪化して拒食症になった。妹はよく、夜になるとベッドの中で吐いていた。母はそれを見つけると、ベッドを汚したといってなじり、彼女をひっぱたいた。私は妹が吐いても母親に見つからないように、ベッドの下に洗面器を隠すようになった」

 この母親の暴力は日常茶飯事で、彼女と妹はしょっちゅう顔や体にあざを作っていましたが、母親は彼女たちに、近所の人にはころんで怪我をしたと言うように命じ、練習までさせていました。娘たちが楽しそうにしているところを見ると、母親は意地の悪い言葉を浴びせ、女の子らしい格好をしようとすると「あばずれ」と言ってののしりました。しかし彼女が8歳の頃、よく一緒に昼寝をしていた16歳の従兄が彼女に対して性的ないたずらをするのを、母親は止めなかったのです。

 彼女は人生のほとんどを、抑うつ症、摂食障害、肥満、アルコール依存症、孤独感、自殺願望などに苦しんできました。母親が死んでくれたらいいと思う一方で、そう考えた自分に罪悪感を覚えることのくり返しでした。彼女は何年間かセラピーを続けた結果、本人の言葉によれば、「半分くらい人間になれた」気分がするところまでようやく回復しました。しかし、それまでに失われた何十年もの月日は戻ってきません。

  衝動が抑えられない カッとなるとすぐ暴力を振るう親の行動は非常に性急で、完全には説明できないものがあるため、何が引き金となって彼らを暴力行為に走らせるのかは推測の域を出ません。「子どもに時間を訊いたら時計を見ないで答えた」といって殴った父親がいましたが、もし子どもがしっかり時計を見て正確かつ忠実に答えなかったので腹を立てたのだとすれば、この父親は、自分の子どもをまるで召し使いか何かのように支配している気でいたのかもしれません。この例でもわかるように、不健康なコントロールをする親は、「自分がコントロールしている」という実感が得られないと非常に腹を立てるのです。

 時には、身体的な暴力が親子の唯一の接触であることがあります。そういう家では、親が子どもに注目する唯一の時は虐待する時というわけです。そこで、なかには親の注意を引きたくて、意識的に親から暴力を振るわれるようなことをする子どもがいます。これほどゆがめられた親子の関係はないかもしれません。

  なぜ彼らは虐待するのか

 ひと言で言えば、子どもに暴力を振るってもたいていの場合は部外者にわからないうえ、よほどのことがないかぎり捕まらないからです。しかも、小さな子どもに比べて親は大きく、力の差は圧倒的です。

 子どもを虐待する親の多くは、その最中に、「自分は何をしているのか」「そんなことをすれば子どもがどういう状態になるか」といったことを考えることができません。時には子どもは弱くてデリケートな存在だと認識することができる親でも、ひとたびカッとなると何も見えなくなるのです。

 そういう親にとっては、子どもの無邪気な行動がわざと親を怒らせようとしているように思え、もし相手が自分より大きくて強そうだったら思いとどまるのに、小さな子どもなので考えることもなく手を出します。その瞬間には、「子どもに深い考えはなく、子どもというのは忘れっぽくて、親にすべてを依存しているのだ」ということは頭にありません。そういう意味では、虐待する親は、子どもを一人の人間として見ていないと言っても差し支えありません。

 さらに、彼らは心が健康な親に比べて、罪悪感のレベルが低いということがあげられます。人間である以上、まともな親であっても失敗は犯します。けれども、まともな親なら、つい激しく叱りすぎて子どもの心を傷つけてしまった時には、たいてい後味の悪い思いをし、以後は改めようと思うものです。けれども虐待をする親はそういうことがあまりなく、「子どもが悪いことをしたからだ」と自分を正当化します。

 虐待にはさまざまなレベルがあり、子どもが死亡してしまったり重傷を負わされるようなはなはだしいケースはまれですが、体についた傷の大小にかかわりなく、子どもの心に残る傷がその後の人生に大きな困難をもたらすことに変わりはありません。

 子どもが育って大きくなるにつれ、いずれ親の虐待も止む時がきます。しかし、子どもの心に残る「恐れる気持ち」は大人になっても消えません。この「恐れる気持ち」は、家庭内の恐れから拡大して一般化し、無意識のうちに「世の中は安全でない」という意識を抱くもとになります。

 暴力による虐待の最も根本的な害は、子どもにとって「自分を守ってくれるはずの人」が「自分を傷つけた」ということ、そしてそれについて自分にはできることが何もなかったというところにあります。


引用おしまい。

★管理人メモ:
虐待や体罰に関する話するとしばしば、「上の事例に出てくるような極端な例でなければ問題ない」という意見がでてきます。しかし、個々の事例というものは読者にイメージをわかりやすく伝える目的で用いられるものであり、その性質上インパクトの大きな事例が選ばれるものです。個々の事例から一般論を導けないのと同様に、「自分がされた(もしくは自分がした)行為は事例ほどの程度ではないから大丈夫」と安心するのは安易です。

実際には記事冒頭の「身体的な虐待をする親」の特徴に該当していれば危険信号だと考えたほうが良いでしょう。

続いて他の毒になる親の事例を見ていくことができますが、ここから先は過去に当事者の子供であった人にとっては、読むことにより当時の記憶や感情が蘇り、精神が不安定になることがあります。充分にご注意ください。

 毒親による有害なコントロール
 毒親チェックリスト
 毒親に責任はあるか?
 心が健康な親VSコントロールばかりする親
 親に対する「罪悪感」と「真実」
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 愛情を与えない毒親
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 侮辱的な言葉で自尊心を攻撃する毒親
 性的虐待、体罰、言葉による暴力で脳が萎縮


スーザン・フォワードの著書「毒になる親」の13章には親と対決する方法が載っています。親に直接会うか、手紙を書いて、親が過去にしたことと、それが自分に与えた影響を洗いざらい話し、トラウマを原因となった親に返すのです。

もしあなたが、それをやるつもりであるならば、「毒になる親」と合わせて「論理的思考力とは? 論理的な討論・議論・ディベート・ディスカッション」というサイトを読むことをオススメします。頭のなかを整理するのに役立つはずです。


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