管理的集団主義は群生秩序である

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内藤朝雄『いじめの構造』より

第7章 中間集団全体主義

全体主義とは
本書では、学校のいじめを「モデル現象」として分析し、そこから人間が人間にとって怪物になる心理−社会的な秩序化のメカニズムを論じてきた。本書の最後に、その議論の展間のひとつとして、新しいタイプの全体主義の概念について考えたい。それは「中間集団全体主義」という概念である。

全体主義という概念は時代の要請とともに姿を変えながら、実践的に用いられてきた。全体主義の核心は、個に対する全体の、人間存在の深部にまでいたる圧倒的優位である。そのうえで、その優位を成立させる制度・政策的な道具立て(たとえば一党独裁や秘密警察やしつこいイベント動員など)が問題になる。この全体の圧倒的優位は、個の存在様式に対する余儀ない浸透性(貫通性)の深さによって示される。ファシズム、ナチズム、スターリニズム、戦中の天皇教日本国家主義などの国家全体主義と単なる独裁とを分けるメルクマールは、ひとりひとりの人間存在を変更する集合的イベントヘの動員が、日常生活を覆い尽くす度合いである。あるいは国家によって無理強いされる、距離をゆるさぬ「根がらみに生きる」様式のきめ細かさである。

ここで注意したいのは、全体主義は単なる独裁とは異なる、ということだ。独裁国家なら、現在でも世界にあふれている。このような国では、非公式の暴力組織や秘密警察があり、政権に逆らう者は投獄されたり殺されたりする。だがそれだけであれば、多くの人々は政治に関心を持とうとせず、人生のそれ以外の面によろこびを見出そうとするだろう。「お上に逆らいさえしなければよい」のである。かつての南米諸国のように国家が独裁者に支配されていても、人々が日常生活のなかで「国家的共通善」への献身に動員される傾向が少ない場合は、独裁国家であっても全体主義社会ではない。

つまり、全体主義は単なる外形的な服従にとどまらず、人間存在の根底からの、全人的なコミットを人々に無理強いする。さて、理論的には全体主義の「全体」に何を代入してもよい。従来の全体主義概念は、ナチズムとスターリニズムの衝撃に応じて生まれたといういきさつから、「全体」の位置に国家が代入されている。ナチズムや天皇教国家主義といった右翼全体主義にしても、旧ソ連や北朝鮮といった左翼全体主義にしても、全体主義はまずもって国家の全体主義であり、国家の悪として問題にされた。これを国家全体主義と呼ぼう。

国家全体主義によれば、個人は、個を超えたより上位の集合的生命である国家の側から、自己が何者であるかを知らされるようなやりかたで生かされ、国家に献身する限りにおいて個人の生は生きるに値するものになる。国家全体主義はこの基本価値と、それを人々に押しつける独裁的な統治機構から成っている。

天皇教国家主義もスターリニズムもナチズムも、国体とか共産主義とかゲルマン民族共同体といった国家の共通善に献身する行として、人々の日常生活を細かく野蛮なイベントに埋め込んでいった。

中間集団としての隣組制度

このような国家悪としての全体主義に対して防波堤になるのが中間集団だと言われてきた。自治や共同といった概念は、戦前の国体や皇室と同様、無条件に肯定されがちだった。われわれは団結し、自治の空間を築きあげ、それを砦として全体主義あるいは国家悪とたたかわねばならない、というわけだ。これは、社会・思想系の書に親しむ者なら一度は耳にしたせりふである。

だがこの紋切り型はうたがわしい。ナチス・ドイツや天皇教日本帝国や社会主義国家群は、一見中間集団を破壊し、巨大な国家と「砂粒」のような個人との二極構造のもとで強大な支配を行ったかのようにイメージされがちであるが、実際には違う。これらの全体主義社会では、中間集団が個人に対して過度な自治と参加を要求する。そして個人に対して徹底的な締めつけを行う。

たとえばかつての天皇教国家主義を考える場合、次の二つの側面の両方を視野に入れなければならない。

1.全体主義国家による人々への圧制的支配の側面。
2.自治と共同を煽り立てる制度・政策的な環境条件のもとで、民衆が、「われわれ」の共同性あるいは共通善から離れているように思われる(あるいはそういうものとしてターゲットにされた)隣人をつるしあげ、ひどい場合には血祭りにあげる側面。

たとえば戦時中には、地域コミュニティの自治と共同の過酷な強制が行われた。生活物資の分配や労働力の提供といった基本的な機能まで、そのかなりの部分が市場から地域コミュニティに担われるようになった。これが隣組制度だ。戦時中に近隣関係が組織化され、さまざまなイベントとともに「公」に献身する共同体的様式が強制されたとき、いままで潜在化していた妬みや悪意が解き放たれた。

適度に物象化された市場と法に隔てられて、各自が適度な距離をおきながら私的な幸福を追求していたころには、けっして起こらなかったようないじめが頻発した。

死に追いやられた母

たとえば、ある六一歳(当時)の女性は、母親が、隣組の防空演習や行事でいじめられ、死に追いやられた体験を、新聞に投稿している。

【事例18・近所の人たちが狼に】
「父が英字新聞を読んでいたり、娘二人がミッション系の私立女学校に通っていることが、かっこうの口実にされたのでしょう。子供を産んだばかりの母なのに、水を入れたバケツを持ってはしごを登らされ、町内のおじさんに怒鳴られながら、何度も何度も屋根に水をかけていました。もともと心臓が弱かった母は、その秋、十五日間ほど床に伏し、あっという間に亡くなりました。(中略)

防空演習で普通のおじさんが、急にいばりだしたり、在郷軍人が突然、権力を振るいだし、母が理由もなく怒鳴られているのを見て、非常に不愉快でした。私は昔を思い出させる回覧板が嫌いです。白い割烹着を見ると身震いがします。命令口調の濁声のおじさんは、もっと嫌いです。ニコニコ愛想いいお店のおじさんを見ても「いつ、あのころのように変わるか知れない」と、いまだに心を開くことが出米ません」  (「朝日新聞」一九九一年一二月二日付)

この投稿者は、結局空襲で家を焼かれて、一家離散の憂き目をみた。彼女の身には、上からは国家の爆弾が、横から隣組の「われわれ」が襲いかかってきた。上記事例が示唆するように、全体主義のさまざまな側面のうち、次の二つの側面を視野に入れる必要がある。

1.空襲やアウシュビッツや特高(特別高等警察)のように国家が個人を直接圧殺する側面。
2.「われわれ」が響きあう共生への強制的な献身要求、そしてこの献身を自己のアイデンティティとして共に生きる「こころ」の強制、さらに「われわれ」の共生を離れたプライベートな自由や幸福追求への憎悪、といったものが草の根的に沸騰する共同体的専制の側面。

戦争や革命や民族紛争のさなか、あるいは職場や学校や地域が共同体化されるとき、かなりの人々が、次のように悪ノリし、響きあって生きる。

「パーマネントはやめませう!」
「おまえはこの非常時に女と歩いておったな、国賊め!」
「けしからん、けしからん、けしからん、けしからん、けしからん、うらやましい、けしからん!」
「御国のために一致団結というので距離が近くなってはじめてわかった。おれたちとまともにつき合いもせず距離をおいて、おれたちより楽しそうに暮らしていた、おまえたちが憎かった。今がチャンスだ、やってやる。ざまあみろ!」

右の投書の母親は、この「今がチャンスだ、やってやる。ざまあみろ!」でやられてしまった。

適度に物象化された市場と法によって、個人が距離を調節する自由が保証されている市民社会では、彼らもそれなりに善良な人たちだ。だが市民状態を超えようとする共同体や諸関係のアンサンブルが運命として降ってくるとき、彼らは一変する。「ニコニコ愛想いいお店のおじさん」が狼に変身する。

文化大革命

ところで隣人が狼になる全体主義の過酷さは、わが国の天皇教国家主義と同様に、たとえば、中国の文化人革命にもその典型例をみることができる。人民による理想の自治と共同を(人民に強制してでも)めざす社会主義圈(とくに共産主義イデオロギーが十分に形骸化していない時期)では、あらゆる日常生活は革命の大義に献身するための「われわれ」に埋め込まれていなければならなかった。人々の生活は、他人の人間存在がその「われわれ」に埋め込まれているかどうかを自発的に監視する「隣人=狼」の群れに迫害される不安に満ちていた。中国の文化人革命では、プライベートな人間関係が、同時に「われわれ」の密告や告発やつるしあげの可能性に満ちたものになり、「友だちを信じる」ことができなくなった文革を経験した人々は、こんなふうに強いられた共同性を語る。

【事例19・中国の文化大革命】
「だれかが批判されていれば、罪状がでたらめでも、民衆の声に合わせて、人一倍大きな声で怒鳴った。(中略)文革を経て、私はずるがしこくなった」(「朝日新聞」一九九五年一月八日付)

「中国人は一生仮面をかぶって暮らす。(中略)状況に応じて、その場にぴったり合った仮面をつけ、その役柄を演じるジェスチャーゲームに参加するのだ。(中略)仮面が顔をこすり続けるので、そのうち(中略)素顔はのっぺらぼうになっている。役柄は(中略)演技している者に取りつき始める。そのうち、他人の前で実にもっともらしくセリフが言えるようになるので、自分でも本心を言っているつもりになってしまう。仮面と役柄について知るべきことをすべて知ってしまうと、本能的に相手を怪しむことになる。あの笑いの裏にどんな偽りがあるのか? あのお世辞の裏に何が潜んでいるのか?(中略)こんな具合にみな張りつめた不安な人生を追っている」(ペテイ・パオ・ロード『中国の悲しい遺産』草恐龍)

「仮面が顔をこすり続けるので、(中略)素顔はのっぺらぼうになっている」「役柄は(中略)演技している者に取りつき始める」という表現は、個の存在様式に対する余儀ない浸透性(貫通性)という全体主義のエッセンスをみごとに言いあらわしている。

大日本少年団でのいじめ

戦時中の日本では、町会ごとの分団、さらに隣組ごとの班といった単位で若い人たちに自治と共同を強制する大日本少年団が制定された。すると、もともと学校制度のもとで蔓延しがちないじめが何倍にもエスカレートし、さらに疎開などで共同生活をするようになるといじめは地獄の様相を呈した。

精神科医の中井久夫は、自分が大日本少年団で酷いいじめを受けた体験をエッセイに綴っている(中井久夫「いじめの政治学」『アリアドネからの糸』みすず書房)。そこには、暴君ともいうべきリーダーを中心とした自治的な世界ができあがっていた。空襲でいそがしくなると残酷な「子ども」集団とのつきあいが減るので、空襲は少年にとってちょっとした解放の意味をもっていた。終戦を迎え、大日本少年団がなくなったときのことを書いた次の一文は、重要なポイントを的確に示している。
「小権力者は社会が変わると別人のように卑屈な人間に生まれ変わった」

希望の論理

今までこの種のエピソードは、状況次第で人が変わってしまうのが情けない、といった解釈で受けとられ、人間存在の醜怪さについての問いが反芻されてきた。しかし筆者は、このような豹変を希望の論理として受けとめる。適切に制度・政策的な環境条件を変更すると、小権力者が卑屈な人間に生まれ変わり、いばりちらしていたのがニコニコ愛想いい近所のおじさんになる。結果として、多くの人々が「隣人=狼」の群れから被害を受けずにすむようになるのである。

大切なことは、群れた隣人たちが狼になるメカニズムを研究し、そのうえでこのメカニズムを阻害するような制度・政策的設計を行うことだ。このような政策を、学校、地域、職場組織、民族紛争地域といったあらゆる領域で実施することで、多くの人々が共同体的専制から救われる。

共同体的専制にたちむかうには、これまでの国家全体主義の理解だけでは不十分であり、強調点を国家と個人の間にある領域にシフトさせたあらたな全体主義概念が必要になる。筆者はこの要請にこたえ、中間集団全体主義という概念を提出する。それは、従来の国家全体主義と背反するのではなく、重ね合わせて用いることができる。説明しよう。
1.個の存在様式に対する「全体」の圧倒的な優位と浸透性(貫通性)、
2.人々がそのようなしかたで「全体」に埋め込まれることを余儀なくさせる社会体制、
という全体主義概念のコアは、そのまま中間集団全体主義にもあてはまる。しかし中間集団全体主義は、単純に全体主義概念の「全体」に中間集団を代入しただけのものではない。

たまたま自分が生まれた国がナチス支配下にある場合、その人は全体主義国家の中にいるといえる。だが、たまたま入学した学校や就職した会社や配属された部署が、生徒や社員の外見や態度から感情にいたる広範な存在様式を無理強いする傾向にあった場合、それだけでは中間集団全体主義とはいえない。どんな社会にも変わった集団はある。彼(彼女)は、変わった集団を離れてもっと「まとも」な集団に移ればよい。またはその不当性や彼った損害を公共領域に訴えればよい。

ちょうど国家全体主義が、その基本価値を実現するのに一党独裁とか法を超越した暴力装置といった道具だてを必要としたように、中間集団全体主義もその繁茂のための制度・政策的な環境条件を必要とする。

そこで筆者は中間集団全体主義を次のように定義する。各人の人間存在が共同体を強いる集団や組織に全的に(頭のてっぺんから爪先まで)埋め込まれざるをえない強制傾向が、ある制度・政策的環境条件のもとで構造的に社会に繁茂し、金太郎飴の断面のように社会に遍在している場合に、その社会を中間集団全体主義社会という。さらに、これを、本書第5章で提出した秩序の生態学モデルを用いて定義すると、次のようになる。

中間集団全体主義とは、図17のように、制度・政策的なマクロ環境に支えられて、群生秩序の優位が決定的になり、その圧倒的な作用が社会のすみずみに蔓延することである。



高度成長・社畜・中間集団共同体

さて、わが国における金太郎飴の断面の絵柄は、一昔前には社会に遍在する天皇制と呼ばれていた。ありとあらゆる中間領域で天皇制の面影が刻印されているというのである。それは文字通り社会の隅々に天皇がいるというのではなく、「あたかも天皇制のような」と感じられる形態的同一性が、金太郎飴の絵柄のように社会に遍在しているとされた。

この絵柄は現在では変更されている。天皇の位置に学校や教育がいすわった。社会の隅々に強迫的な教育圧力、あるいはこころや態度を問題にして教育をねじこむ強制力ときめ細かさがはびこり、ありとあらゆる学校でない集団にも「あたかも学校共同体のような」スタイルが蔓延した。

最近は衰退のきざしがみえるが、日本の会社や職場組織には、家族ごと従業員の全生活を囲い込み、生活のすみずみまで隷従を強いる傾向があった。企業は従業員を学童のように扱ったり、プライバシーに深く立ち入った「生活指導」をしたりした。

また家族が会社に隷属する社宅での生活は異様なものだった(木下律子『妻たちの企業戦争』社会思想社)。社畜という言葉がはやったのは、それほど昔のことではない。こういったことは、たまたま運悪くひどい職場に勤めたから起こる、といったことではない。日本社会の特殊な制度・政策的環境条件下で、このような会社や職場組織が構造的に大繁殖したのである。

法哲学者の井上達夫は、戦後日本社会について『現代の貧困』(岩波書店)で次のように論じている。日本社会は高度産業資本主義に共同体的な組織編成原理を埋め込んで、経済成長を続けてきた。国家は中間集団の集合的利益の保護や調整のために介入することには積極的だったが、中間集団内部の共同体的専制から個人を保護するために介入する仕事をしようとはしなかった。日本の統治原理上、中間集団共同体から個人を保護する目的では、意図的に法が働かないようにされた。その結果、中間集団共同体は利権に関しては国家に強く依存していても、集団内部の個人に対して非法的な制裁を実効的に加えることができ、内部秩序維持に関してはきわめて強い自律性を有することになった。中間集団共同体は従業員に対する人格変造的な「教育」「しつけ」を好き放題に行うことができ、従業員の人格的隷従を前提として、組織運営を行うことができた。

社畜化ともいうべき悲惨な人格的隷属のひとつひとつは、こと細かく政府によって計画されたものではなかったかもしれないが、ある一定の制度・政策的条件のもとで社会に繁茂し、これを政府は放置した。

もちろん日本は、国家というレベルで考えると、言論の自由が保障されており、複数政党制の民主的な選挙が行われている先進国である。しかしここで、国家全体主義の旧ソ連の労働者と、中間集団全体主義の日本の会社員とを比較してみて、どちらの人間存在がトータルに全体に隷属しているだろうか。社畜コミュニタリアンのきめ細かい忠誠競争やアイデンティティ収奪のほうが、クレムリンのビッグブラザーよりも、はるかに深く、市民的自由を奪い、肉体と魂を強制的に全体に埋め込むことに成功しているのかもしれない。

昭和初期から敗戦までの日本社会は、国家全体主義も中間集団全体主義もきわめて強かった。一方、戦後日本社会は、国家全体主義がおおむね弱体化したにもかかわらず、学校と会社を媒介して中間集団全体主義が受け継がれて肥大化し、人々の生活を隅から隅まで覆い尽くした社会であった。いわば学校や会社を容れ物にして、国体が護持されてきたのである。

全体主義を整理すると、図22のようになる。国家全体主義を縦糸、中間集団全体主義を横糸とすると、その組み合わせから四つの場合を考えることができる(この縦糸と横糸は補強しあっているが、その強弱は相対的に考えることができる)。



日本社会は、図22中の矢印が示すように、戦中から戦後にかけ、①から②のタイプに変わった。現在、この中間集団全体主義が厳しく問われている。

現代日本と一七世紀のアメリカ

国家全体主義が希薄で中間集団全体主義が熾烈なタイプの社会(図22の2型社会)は、日本に特有というわけではない。たとえばアメリカンマインドの源流といわれる初期アメリカの地域コミュニティは、多数者の暴虐に満ちた、苛烈な2型の中間集団全体主義を呈していた。

後に理想化されがちな「父祖のアメリカ」では、中央集権的な権力はきわめて希薄で、民主的な自治の精神に貫かれており、ピューリタン的共通善をいただく「われわれ」の圧制によって、個人の自由はほとんど存在の余地を与えられなかった。一九世紀の政治学者A・トクヴィルは一七世紀の事例をひきあいに出しながら、「民主的」なアメリカの共同体生活を次のように描く。

【事例20・アメリカの民主主義】
A・トクヴィルは次のように述べている。涜神、魔法、強姦、親に暴行する子、そして配偶者以外との性交渉をする者は死刑となった。怠惰と酒酔いは厳罰に処せられた。他の宗教はもちろんのこと、他の教派(たとえばクエーカー教やカソリック)を公然と信奉する者は、鞭打ち、投獄、追放、死刑の憂き目をみた。教会で礼拝することが、罰金でもって強制された。婚前交渉を行った者は、鞭打ちのうえ結婚を命令された。

「なお看過されてはならないことは、これらの奇怪なまたは圧制的な法律が上からの権力によって強制されたものではなく、すべての関係当事者たちの自由な同意によって投票されたものであり、風習の方が法律よりもはるかにきびしくピューリタン的であったということである。一六四九年には長髪の浮薄な流行を防止する目的で、厳粛な団体がボストンに形成されている」(A・トクヴィル『アメリカの民主政治』〔上〕講談社学術文庫より)

右のような一七世紀アメリカについての記述は、現代日本のわれわれに、「みんなのきまり」を学級会で決めさせられ、それに違反すると反省の身振りをしつこく強要された小学校時代を思い出させる。この「集団自治訓練」は、前期近代の野蛮な直接民主主義の理想を、後期近代の子どもに強制するものである。一九九〇年六月に宇都宮市のある小学校で聞かれた学級会は、次のようなものだった。

【事例21・三九対一の学級会】
「土曜日の通常の学級会の時間に、日ごろからクラスで孤立しがちだったA子さん(当時一一歳)の日ごろの言動に対して、問題点を他の児童三九人がひとつずつ挙げていき、黒板に書き出した。A子さんはこの日学校を休んでいた。列記された内容は『暴力的』『差別する』『男好き』『怒る』『わがまま』『弱い者いじめ』『人のものを取る』など三〇項目にも上った。

『A子さんの登校する月曜日まで残そう』と担任が発案して週明けまで書き残し、月曜日の午前中、通常授業の三時間を使ってA子さんと他の児童で三九対一の『話し合い』が行われた。児童二人が議長になり、担任が『意味の分からないことは質問しなさい』とA子さんに指示。『″男好き″って何ですか』と尋ねたA子さんに、『男子児童には甘い』といった趣旨の発言のやり取りなどがあった、という。クラスの総意として三十数項目すべてを『直してほしい』ということになったが、『いっぺんに直すのは無理だからひとつずつ直したらどうだ』と担任がその場を結んだ」親は学校に抗議したが、「あれはクラスの話し合いだ」とする担任と主張がかみ合わなかった。児童は精神的ショックを受け、神経性胃炎になるなどして登校できなくなり、転校した。
(「下野新聞」一九九〇年九月二三日付)

一七世紀アメリカの民主主義も、一九九〇年代の日本の学級会も、典型的な多数者の暴虐の場になっている。これらは、日本やアメリカに特殊(日本的あるいはアメリカ的)なものではなく、一定の環境条件下であればどこでも蔓延しうる普遍的な現象である。

ローカルな秩序をこえて自由な社会へ

中間集団全体主義社会において、人々を直接的に苦しめる主要な力は、国家権力や市場の貧困化力というよりも、「生活の細部にまで浸透し、霊魂そのものを奴隷化する」(J・S・ミル)ローカルな秩序の作用である。つまり、身近な関係のなかで起こる迫害やそれに対する不安、さらには自分自身を嫌悪してしまいそうなしかたで自分を変えてしまう場の変形力といったものだ。

たとえば、群れを生きる中学生たちによくみられる情景は次のようなものだ。みんなが「あの人、ムカツクね」と言って盛り上がっていると、自分ひとりではそんな気持ちにならないのに、それが「うつって」しまって内側から意地悪な気持ちになってしまう。それは勢いづくととまらない。ひとりになるとそういう自分が嫌になることもある(【事例6・何かそれ、うつっちゃうんです】)。

このような、内側から自分を変えてしまう場の変形力が、自己構成的な(自己が自己である仕方まで、当人のコントロールが及ばないところで、いつのまにかつくりあげられかねない)中間集団共同体にはある。「貧しさに負けた、いえ、世間に負けた」というときの「世間」とは、このような場の変形力をもって内側から個を侵食する作用が脅威としてあらわれる社会なのである。

この侵食作用は、自分に対する不信感や嫌悪感や無力感や、場のなりゆきに対峙する自己であることへのなげやりさを蓄積させる。自己信頼が希薄な「しめやかな激情」は、みんなのノリとして形成されやすく、桜吹雪のように降りそそぐ集団の迫害性を再生産する。

コイツと自分との関係で本当にコイツが憎いという根拠のある自分を信じてもいないけど、とりあえず自分もいろいろ嫌な目にあってたまらない気分だから、その場のノリでムカついてどうしようもなくなったから、コイツをネタにしてなりゆきまかせだ。自分の一貫性を信じることはできないけど、是非もなく「いま・ここ」をみんなで生きる。この「いま・ここ」の主人は自己ではなく、受苦の共同体に沸き立つ場のノリである。

必要なことは、このような社会に名前を与える(中間集団全体主義社会!)ことと、このような社会に生きる人々の構造的な苦しみの諸相を明るみに出すこと、である。そして、この全体主義の苦しみに着目したやりかたで、自由な社会の構想を描き、社会変革へとつなげることである。

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