「ナルシスト」たる社畜

---------------------------------------------------------------
宮本政於『官僚の官僚による官僚のための日本!?』より

「日本人ならみな同じ」という錯覚

「調和」は日本的ムラ組織を維持するための教義です。そして、官僚も国民も教義に従うことを義務づけられています。ところで、もうおわかりになってきたかと思いますが、日本でよしとされている「調和」は、欧米での「調和」の概念とはまったく違うのです。いったいどこが違うのでしょうか?私が考えている「調和」、それをまず説明することにします。この考え方に、聴衆のみなさんも同意してもらえるのではないかと思うのです。まず、「調和」を築くには、お互いの違いを認めあう必要があります。そしてその違いから生じる問題をどのように解決するのか、解決策を見つけることで、はじめて「調和」が生まれるのです。すなわち、違いを受け入れることによって「調和」は成り立ちます。事実を事実として認識する、それが欧米社会の「調和」、いや世界の常識ではないでしょうか。

ところが、日本的ムラ組織に属すると、人間はお互いに違いなど存在しない、といった錯覚を共有することによって「調和」を成り立たせています。集団の構成員であれば、誰でも同じである、そう信じ込むことが必要となります。その延長線上にあるものが「日本人ならみな同じ」という錯覚なのです。また、ムラの「調和」が事実に優先されます。ムラの「調和」を維持するためには、ウソを言ってもよいのです。みんな同じという幻想を共有するためには、ウソは真となるわけです。

しかし、違いを認めないことによって成立している日本的「調和」の概念は、どう考えても非現実的だとしか思えません。ところが、いったん日本的ムラ社会に属してしまうと錯覚が現実となります。ここが日本社会と欧米社会の根本的な異なりであるのかもしれません。そもそも人はみな違います。これが本当の現実です。その現実から目をそらして「調和」を保とうとすれば、異なったものは排除されなければなりません。日本の社会では、独自性とか独創性を発揮すると集団の中で目立ってしまい「出る杭は打て」とばかりに、徹底的にサディスティックな攻撃を受けます。ムチで打たれれば痛いと思うのが人間です。そして出る杭となって打たれるのは、精神的にムチ打たれることです。ほとんどの人は痛いことは嫌ですから、創造性とか独創性を出すことをやめ、「みんな同じ」という日本的ムラ組織の教義に染まっていってしまうのです。

さて、日本的「調和」の中で成り立った社会はどのように機能するのかと言うと、強いリーダーシップを発揮するような人物は社会から排除されることになります。たしかに、日本的「調和」に飼い慣らされた国民は、通常は強いリーダーシップを発揮する人を嫌いますが、その置かれた状況により、戦争とかの極端な危機に瀕した場合、なだれを打つように強いリーダーに判断も理解もなしに従ってしまうという危険性があることを、同時に指摘しておきたいと思います。そのよい例が軍部官僚のリーダーシップのもと、国民が多大な犠牲を強いられた第二次世界大戦です。

そして現在、アメリカの防衛に守られたぬるま湯的な環境の中では、国民は「調和」の概念をたたき込まれ、実は官僚たちも同じ穴のムジナなのですが、みんなあたかもオートメーション工場の機械の歯車のように、「滅私」を合い言葉に規則正しくしかもきしみをもたらすことなく、日本株式会社の拡大へと貢献しているのです。

信仰に近い「日本的自己愛的同一化」

それでは日本的ムラ社会で重視されている「調和」を、精神分析学の観点から説明してみましょう。日本的「調和」とは、日本人であれば外見から思考そして行動まで同じであることを願望する発想だ、と前に言いました。これを精神分析の世界では、自己愛的同一化といいます。ナルシシズムの概念を活性化したものだと考えていただければよいでしょう。

もう少し説明を加えます。鏡の前に立ったとき、自分の姿が鏡に映ります、その状態を人間関係にまで延長してみましょう。自己愛的同一化とは、相手を自分の延長線上にあるとみなすことです。そこで日本的自己愛的同一化というものが、どんなものなのかを説明することにします。

私と聴衆のみなさんと、どのようにしたら自己愛的同一化が成立するのでしょう。まず、私がみなさんを自分の延長線上であると考えましょう。私がみなさんと考え方も行動様式も外見もみんな同じである、そう信じ込むことにより、私の側からの自己愛的同一化は成立します。次にみなさんも、私がみなさんの延長線上にある存在だ、そう信じ込めば自己愛的同一化は成立します。ようするに、お互いに同じなんだと思うことが重要なのです。このような、お互いにあたかも鏡の前に立っているかのような印象を与えあえることが、自己愛的同一化であり、このような状態を「鏡像関係」が結ばれたと呼びます。

このような鏡像関係が成立したとき、日本ではとてもスムーズな人間関係ができ上がるのです。日本では鏡像関係に基づいた自己愛的同一化を抜きにして人間関係は語れません。なぜなら、この関係が保たれてこそ日本的な「調和」が維持されるからです。日本的な「調和」とは現実に目をつぶった、一種の信仰だと思ってもよいでしょう。

日本的美学としてのナルシシズム

欧米では自己愛的に同一化された人間関係を求めることは、あまりよいことだとは思われていません。このような人間関係を築くことは、精神的に成熟していないからだ、との批判も出てくるはずです。なぜなら、自己愛、すなわちナルシシズムの否定が、西欧的な価値観の原点にあるからです。なぜナルシシズムが否定されているのか、それはギリシャ神話の美少年ナルシシスに戻る必要があるでしょう。

ナルシシスはなめらかな泉の水面に映された自分の鏡像にみとれて、結局は自分の美しさに溺れ死んでしまうのですが、ナルシシスの美しさはたった一つの小石がたてるさざ波にかき消されてしまいます。鏡像は、はかない幻想にすぎないわけです。幻想を信じて生きることは、とても非現実的です。幻想の世界から現実を見せられたらどのような反応が起こるでしょう。失望です。人間は、こうしたナルシシスティックな失望を乗り越えてこそ成長をとげます。

ところが、日本社会では失望する痛みを避けようとすることが優先します。自己愛的同一化が成立していれば、失望による痛みは起こりません。日本の多くの精神分析学者は、そうした実態を「モラトリアム人間」「母性社会」「甘え」などの概念を用いて説明しています。いずれにしても、自己愛的同一化を重視することは、人間的な成長をさまたげる要因となることはまちがいないでしょう。だからこそ、欧米諸国ではナルシシズムが否定されている、そう私は理解しています。

「調和」の価値観が、攻撃性を抑制する

ここで興味深い事実を見ることができます。それは「調和」の価値観を人々にたたき込み、みんながそれを信奉し、すなわち自己愛的同一化の中に浸ることができれば、人間の中にある攻撃性は出てこないという事実です。なぜ攻撃性が出てこないのでしょう。ナルシシズムとマゾヒズムが、コインの表裏のような関係にあるからです。ナルシシズムすなわち自己愛の傾向が強ければ強いほど、マゾヒズムという自虐性も強いわけです。自己愛が強い人のプライドはとても高く、プライドが傷つくと怒りが爆発します。ナルシシズムはマゾヒズムと比例していますから、いったん怒りが出てくると、それを自分にむけてしまうという特徴があります。自己愛の強い人は、怒りに火がつくと自虐的な行動をとるようになるのです。それを知っているからこそ、できる限り自分が傷つかないようにするのです。

ここで、共同体が自己の延長であることに注目してみましょう。それを傷つけるということは自分を傷つけることにもなるわけです。誰でも自分が可愛いものです。ですから、自己愛的な関係が結ばれると必然的に攻撃性はなりを潜めます。だからこそ、日本的集団は攻撃的な感情を見せない、という特徴があるのです。

しかし、このようにして保たれた「調和」という静寂には、小さな攻撃であったとしても、いったん起これば共同体全体に波紋を投げかけます。鏡面のようななめらかさも小石が投げ込まれただけで一瞬にして消え去ってしまうのです。そして、攻撃性が日常生活の中に頻繁に見られるようになると、日本的共同体は消減してしまいます。

ただし、「鏡像関係」あるいは「自己愛的同一化」のうえに成り立った社会は、その集団の中の全員が一緒になって幻想を共有してくれてさえいれば、共同体は消滅する心配はありません。日本では集団として「一枚岩」であることを重視します。これは集団に属した人間がみんなで「鏡像関係」を結んでいることをいうのです。
---------------------------------------------------------------

★(欧米)個人主義的「調和」→お互いの違いを認めあい、その違いから生じる問題の解決策を見つけることで、はじめて「調和」が生まれる。すなわち、違いを受け入れることによって「調和」は成り立つ。
★(日本)管理的集団主義的「調和」→人間はお互いに違いなど存在しない、といった錯覚を共有することによって「調和」は成り立つ。
★自己愛的同一化→人間がお互いに、考え方も行動様式も外見も同じである(相手が自分の延長線上にある存在だ)と信じ込むことによって成り立つ。
★自己愛的同一化によって保たれた「調和」はちょっとしたもめごとで消滅してしまう。

TOP [ニート・ひきこもり・不登校(登校拒否)の原因と親]

inserted by FC2 system