最悪のしわ寄せは
家庭に訪れる

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カレル・ヴァン・ウォルフレン
『人間を幸福にしない日本というシステム』より

見捨てられた家庭

会社で心身のエネルギーを使い果たしてしまうため、社員たちはまともな家庭生活を営む元気を失くしている。中間階級の男性社員は目を覚ましている時間のほとんどすべてを企業に吸いとられる結果、会社の外で個人的な目的のために使う気力はもう残っていない。その最悪のしわ寄せが、サラリーマン家庭に来る。

日本人の結婚生活の多くが、いかに情緒的に貧しいものか、これまでも多く論じられてきた。それが子供の態度にいかに悪影響をおよぼしてきたかについても、いろいろ語られてきた。それらのことをここでまた詳しく述べるのは差し控えるが、明らかな結論だけははっきり申し上げておきたい。

結局のところ、ことの責任は日本の企業にある。人々への心理的な要求が多すぎるのだ。官庁や経済団体や学界のなかにいる日本の公式の「解説者たち」は、同胞たる日本人のことを、社会的調和にいたろうとする本能的欲求が強い点で外国の人とは根本的に異なる、と説明したがる。しかし私に言わせれば、日本人も他国の人も本質的にちがいがないのは明らかだ。ただこの国では、逃げ出すことを許さない企業の強制力が個人と家庭をめちゃくちゃにしてきた、というだけのことである。同じ条件を押しつけられたら、世界中どこでも同じことが起きるだろう。

日本人も、ほかのアジア人も、ヨーロッパ人も、アメリカ人も、同じ人間であり、同じ心理学的条件をたずさえて生まれてくる。われわれ人間というものは、個人へと成長していく自然の過程が何者かに妨害されたら、だれでも心理学的な機能不全におちいるのだ。日本人も、もちろん、この人間普遍の条件をまぬがれない。集団主義への順応を強要され、個人としての希望をくじかれてばかりいる日本人は、同じように扱われたら外国人でもそうなるように、慢性の人格障害と、抑圧された敵意を内にかかえ込んでいる。

日本の社会心理学的研究ではアメリカで第一人者であるジョージ・ディボス(George Devos)は、このことに関して、実に率直な表現を使っている。彼は、日本の中間階級に広く見られる家族関係を、ずばり「病的だ」と評したのだ。日本人の家庭生活を長年観察してきて、私がよく聞かされたのは、日本の中間階級の男性は妻や子供たちといるより仕事仲間と一緒にいるほうを好む、という話だ。ここでもまた、政治的に説明されなくてはいけないはずのものが、何らかの「文化的」特性を引き合いに出して説明さわるのが常だった。日本の中間階級の男性が会社に対する義務感が強いのは、社会が政治化されている結果なのだ。

このことはいくら強調しても足らない。田舎に行ったり、また都市でも家内工業のおこなわれている地域を訪ねてみれば、日本人には、なにも家庭中心の社会生活を営めない先天的障害があるわけでないことがわかる。現に私の友人のなかにも、活発でいかにも幸せな家庭生活を送っている人が二人ほどいる。二人とも、小さいながらも自分の会社をもっているので、すばらしい家庭生活を維持するのが容易なのだ。ほとんどのサラリーマンの置かれている状況はこれと対照的で、大企業の要求—はっきり言われなくても、みんなよくわかっている—にしたがって、結婚後二年もすれば、「自己中心的」な家庭生活の楽しみは放棄しなければならない。

この状況に、「日本人のもって生まれた特性」などは何の関係もない。単に、完全に、強制された行動なのである。日本人だって、どこの国の人に劣らず、人間的な温かさを発揮できる。私自身、困っている人々に対する日本人の親切心や気づかいには、たびたび心を打たれてきた。ときには非常に感動的であった。しかし、そうした日本人の温かい情感は、しばしば表現の道をさえぎられる。これも、大部分は企業の圧倒的な力のせいである。

サラリーマンは会社と「結婚」することを求められているので、サラリーマンの妻たちは、夫の愛情不足の代償をほかに探さなければならない。たいていは息子たちが代役を務めさせられて、過剰に世話をやかれることになる。その不健全な影響については多くの論評がなされてきた。いずれにしろ、間くところでは、日本のテレビドラマは、十代の息子にマスターベーションをしてやる欲求不満の母親を描き出しさえしている。

母親のうっとうしさと会社のうっとうしさ、さらには会社の同僚からそそのかされる幼稚な行動が原因となって、若いサラリーマンたちは、おぞましく、すさんだ、不毛の関係を若い女性ととり緒ぶことになる。青年マンガのなかに表れた、ロープや刃物をふんだんに用いて女性の体を暴力的にあつかう性的空想も、日本の中間階級の男性がいかに情緒的成熟を妨げられているかを如実に示している。従順な女性を痛めつけようと空想すること自体、情緒不安定の(そして、もちろん、未成熟の)基礎的症状であることは、世界中どこでも同じだ。

つまるところ、成長途上にある人間には、相当程度の自由が必要だということである。その自由が与えられてこそ、彼ないし彼女は、人間にできる最もすばらしいことは成熟した愛の関係を築くことだとわかる。日本の若いサラリーマンはそれを悟るための充分な自由が与えられていない。まして愛の関係を育てて維持していくことなどできない。

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