政治的に「無力化」される社畜

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カレル・ヴァン・ウォルフレン
『人間を幸福にしない日本というシステム』より

知はカなり—これは多くの文化圏で理解されている。もしあなたがものごとの仕組みを知っており、いま何か起きているかも知っていれば、他人への依存からあなたをより自由にするこの真理を、すぐにも行動で実証できる。

逆もまた真なり。つまり、無知は無力なり。もしあなたのまわりの世界がどんな仕組みで動いているか知らなければ、あなたはそれだけ犠牲者にされやすい。明らかに、正確な情報を多くもっている人は、対人関係で格段に有利な立場に立てる—反対に、知識が極端に少なかったり、誤った知識しかなければ、その人は格段に不利になる。

もう一つ、はっきりしていることがある。知識の少ない個人は、社会的に上位にある者から、より簡単にコントロールされやすい。事情によく通じていない下っ端ほど、上司から無理難題を押しつけられ、こきつかわれる。無知な公衆ほど政府からよりたやすく操られたり、だまされたりするだろう。

いつの時代でも、世界中どこでも、支配者や政界のボスたちは、無知な公衆、支配者やボスの意図と手法を知らされないよう保たれてきた公衆を、好んできた。だから、公衆の統制にこそとくに力を入れるべきだと考える政府は、秘密主義になる。このような政府は、公衆があれこれと質しはじめるのを毛嫌いする。独裁制がその秘密主義で悪名が高いのは言うまでもない。すべてのことをよく理解している公衆は、既成の権力者にとって政治的な脅威になるのだ。

去勢された中間階級

現代の日本の生活のさまざまなところで中間階級的文化が栄えている。中間階級向けの娯楽。中間階級的な食習慣。いかにも中間階級的な都市のたたずまい。そして世論調査をやれば、大多数の人が、自分は中間階級に属していると当然のように答えている。

にもかかわらず、政治的には、中間階級の存在は無に等しい。農民も、医者も、小さな商店の店主も、みなそれなりの政治的影響力をもっている。しかし、サラリーマンは、もっていない。どのようにして、日本の中間階級は政治的に無力化されたのか? どのようにして日本の権力者たちは、大きな力を秘めたこの階級を抑えつけることができたのか? それを理解するためにもう一度日本企業を、今度はその内側を、考察する必要がある。

もしあなた自身がサラリーマンなら、あるいはサラリーマンの友人がいるか、サラリーマンと結婚しているかするなら、私の言いたいことはすぐわかるはずだ。日本のサラリーマンには、会社以外で用いるための政治的技術を身につける機会が、事実上、ない。会社の仕事であまりにも多くの時間と知的エネルギーをとられるので、政治活動をする元気など残っていないのだ。日本の大企業は、この潜在的に最も強力な中間階級を政治的に監視しつづけることによって、政治の現状維持の片棒をかついでいる。

だれもが知るように、日本のサラリーマンは、上司や同僚から、また奥さんを含めあらゆる人から、会社としっかり結びついているよう期待される。会社を、単なる収入源や単なる仕事場と考えるのは許されない。サラリーマンは、会社を家族のように考えて、その一員であると自覚するよう要求されるのだ。事実、一九三〇年代からずっと、日本の企業は一種の家族だとよく説明されてきた。役人や学者や、よくものを考えようとしない人たちは、いまだに同じ説明を繰り返している。会社を家族とみなす考え方は、戦前・戦中を通じて、日本を慈悲深い天皇を中心にした巨大な家族国家として描く国体イデオロギーを支える下部イデオロギーとして重要な役割を果たした。

このイデオロギーはまた、一九四〇年には日本の労働者の三分の二を組織し、六万を超える支部を擁するにいたった愛国的産業組合、「産業報国会」を支える思想でもあった。この場合、このイデオロギーは、もちろん、戦争遂行のためと領土拡張の経済的要請のために、強いられてできたイデオロギーだった。しかし、国全体を一種の家族だと考え、会社をそのなかの特別な一家族だとみなす考え方は、今日もさまざまな形で残っている。

この考え方を大いに利用して、たとえば日本生産性本部(最近「社会経済生産性本部」と名を変えた)は、労使協調路線を主導してきた。また、産業報国会が有名な日本の企業内組合のさきがけであったことは、日本史の研究家の広く認めるところである。

私がここでしているような議論は、ふつう「会社への忠誠(愛社精神)」という言葉で十把一からげにされる。もっと言えば、この「会社への忠誠」こそが日本文化のひときわ目立つ特徴だと、しばしば—とくに「日本人論」型の議論のなかで—言われてきた。しかし、「忠誠」という言葉でサラリーマンの状況を形容するのは間違いだ。「忠誠を尽くしている」というからには、前提として本人の主体性が保証されてなければならない。日本のサラリーマンには、会社に忠誠を尽くすも尽くさないも、選ぶ余地がない。なぜなら、会社をやめられないからだ。もし日本に、働く中間階級のためのきちんとした労働市場があったなら、事態は大きく変わっていただろう。大部分のサラリーマンがよりよい給料や労働条件を求めて転職できるようになれば、日本の雇用関係は根本的に変わるはずだ。しかし現状では、日本のサラリーマンには、みずからを会社にしっかりと一体化させて生きるより道がない。

ほかの国でなら家庭や親友のためにだけ捧げられる心の中身まで、会社に差し出さざるをえないのだ。思考、時間、情動−その多くを、サラリーマンは会社に捧げるよう強いられる。それは当然多くの結果をもたらす。なかでも重大な結果の一つは、サラリーマンが会社以外のことに自分を強く一体化させる時間も気力もなくなってしまうことだ。ときには、自分の家族にすら自分をしっかりと一体化できない。だから、「サラリーマンは会社と結婚している」と言われてきたわけである。

歴史上、政治的変革の担い手としての中間階級が集団として重要な存在になったのは、家長たち、父親たちの集団としてであった。日本のサラリーマンのほとんどは、父親としての社会的役割を、まず果たせない。物やサービスを供給してお金をかせぐという機能は、日本の会社も外国の会社も同じである。しかし、たったいま説明したように、日本の大企業には、もしかするとそれより重要かもしれない、社会を統制するというもう一つの機能がある。日本の大企業は、欧米の企業がしようと思っても決してできない方法で、人々のあいだの秩序を保っている。

もしかりに、政治に取り組む気力がいくらか残っているサラリーマンが個人として少しはいたとしても、彼らはそんなことは会社から絶対に歓迎されないことがわかりすぎるほどわかっている。事実、そうした政治的意識の高いサラリーマンも、それが出世の妨げになり、場合によっては致命傷にもなることは知っているから、政治活動を始めようという気は殺がれる一方なのだ。会社以外のものへの献身には、なんであれ疑いの目を向けられる。そうであれば——ちょっと想像してみてほしい——もし部下たちから、新しい政党の支部設立を手伝いたいから毎日早く帰らせてもらいたい、と言われたら、課長はどんな顔をするか。こんな具合だから、日本にはサラリーマンがつくった政党も、サラリーマンの利益を代表しようという政党も存在しない。彼ら献身的な会社員たちから成る日本の巨大集団は、同時に日本の最も重要な巨大消費者集団でもあるのに、政治的には何も発言できず、何も行動できないのだ。

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佐高信×宮本政於『官僚に告ぐ!』より

宮本 選挙といえば、昨年の参院選に作家の石川好さんが立候補したとき、応援に行ったんです。すると彼は「宮本さん、選挙というのは消耗戦だ。自分の訴えたいことなんて関係ない。お互いに消親しあうだけだ」と疲れたようにもらしていました。

僕はふっと、日本という一つの組織形態の中では消耗することが当たり前になっているんじゃないかと思った。要するに「消耗の美学」があるんです。その典型が、役所や企業のサービス残業に見られます。有給休暇でさえできるだけとらないようにしている。つまり、朝早く出て夜遅く家に帰ってくる。そうしてみんな疲れ果てている。でも、お互いの消耗度を比べながらそれを自慢しあっている不思議な社会なんです。

「消耗の美学」が浸透していること自体が「去勢教育」の結果ですが、消耗された環境の中にいると、余力がなくなり、物事に対して的確な批判ができなくなります。読書をするにしても、あまり頭を使わなくてすむ雑誌を電車の中で読むぐらいでいい。家へ帰ったらおふろに入ってスポーツニュースを見て寝るだけです。体制に疑問を持ったり批判する元気は残っていない。一方、システムを運営する側からすれば、時間にゆとりのない生活を送る国民はたくさんいたほうがありがたい。しかもちょっとの努力では、この「消耗の美学」からは脱出できないような仕組みになっている。

このような消耗社会の中にみんなが閉じ込められてしまうと、エネルギーも枯渇してしまい、社会形態を変化させることがものすごく難しくなるでしょう。これが「日本株式会社」というか、官僚たちの巧みな政策だと思うんです。つまり、みんなで消耗しあうことによって、最終的には物事が変化しないようにしている。価値観の多様化といわれますけど、実はその価値観もなかなか変化できないようになっていますね。僕は、日本がいつまでたっても「国民のための国家」になれない原因は、ここにあるのではないかと思っているんです。

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