「持ち帰り残業」を好む社畜

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宮本政於『在日日本人』より

「持ち帰り残業」は「滅私奉公」の証

現在日本では、国をあげての時短運動が起こっている。おかげで二、三年もすれば、統計的には労働時間の短縮が進み、政府は胸を張って、「日本は他の先進国と並んで、労働時間が一千八百時間を切りました」などと言うかもしれない。しかも統計という科学的データに価値を置く先進諸国は、それを信じ込むだろう。すなわち「持ち帰り残業」とか「サービス残業」は、外圧をかわすために大きく貢献するのである。もちろんしばらくすれば、日本の統計結果は信用できないという非難の合唱が起きる。だが、先進諸国が要求してきている、消費者・生活者を中心とした社会構造への変革を、足踏みさせるぐらいのことはできるのだ。

このような世界にも類を見ない残業体制が存在する限り、実質的な労働時間など短縮されるわけがない。ある都銀に勤める私の知り合いが、「宮本さん、労働時間はちっとも減っていないのですよ。会社ぐるみで、サービス残業の廃止を唱えているけれども、結局、仕事を家に持ち帰るようになり、『持ち帰り残業』となるだけなのです。そうでもしないとノルマが達成できない。それに僕だけ『持ち帰り残業』をしないと、みんなとの差がついてしまい、勤務評定に影響が出る。いつまでたってもサラリーマンは仕事に追われるのです」 なるほど、「待ち帰り残業」とはよく言ったものだ。しかし、これも「起きている時間帯には常に仕事をしているのが当然だ」との価値観をたたき込まれた結果だからなのだ。

自分自身の時間を最低限一日八時間は持つ。もちろん睡眠時間としての八時間は別枠である。これが人間的な生活を送るためには譲れない一線だ。このように発想の転換を図れば、「持ち帰り残業」とか「サービス残業」などの悪しき習慣もすたれてしまう。

何を言っているのだ。アメリカだって仕事を家に持ち帰るだろう。そう指摘する人もいるだろう。確かにそういう人もいる。でもアメリカで時間外に仕事をする人たちにははっきりとした目標がある。将来—それも定年後のことではない—数年後に、より多くの自由な時間を持ちたい、高収入をとにかく得たい。そのような目標があり、それが達成できるような社会構造が存在するからこそ、仕事を家に持ち帰るのである。決して組織のために、仕事を持ち帰っているのではない。

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