アメリカ流の個人主義

---------------------------------------------------------------
宮本政於『在日日本人』より

日本的甘えが座礁するとき
企業戦士M氏は、なぜか死にたくなった


日本では同僚以上に活躍し、出世街道を走っていたのにアメリカ生活で挫折を感じるエリート銀行マンがいた。なぜ彼はつまずいてしまったのだろうか。秋も深まりつつある十一月上旬、電話が入る。 「ちょっとお話ししたいことがあるのですが」と言ったきり電話の向こう側は沈黙。だいたいこのような電話は大きな問題があることを示唆している。 「実は主人のことでご相談があります」とおそるおそる話してくる。「どのようなことですか」と聞くと、「主人は某都市銀行ニューヨーク支店のM副支店長なんですが、主人の生活態度がいつもと違ってきているのです。それで心配になって」と言う。これはきっと女性問題だ、などと想像しながら、「アポイントはいつにしましょうか」と聞くと、「是非、今日お会いしたいのですが」といやにせっぱつまっている。「それでは今晩七時にオフィスに来てください」と言って電話を切る。

夜、私のオフィスを訪れてきたのは、小柄で上品そうな装いの、三十代後半の女性であった。「主人が死にたいと言っているのです。なんとかしてください」こう彼女は切り出した。「もう少し詳しく話の内容を教えてください」と促すと、「私たちはアメリカに来て一年になります。初めのうち主人は『別天地だ。家も日本の五倍の広さはあるし、庭までついている。もう日本など帰りたくない』とニューヨーク赴任を喜んでいたのです。ところが三力月ぐらい前からなのですが、なんとなく私への接し方が変わってきたのです」とここまで言うと、黙ってしまう「どんな変化なのですか」と促すと、「口数が少なくなってきたのがいちばん大きな変化でした。それに加え、料理に関してなにも言わなくなったのです。主人はとても料理にはうるさいのです。だからいったいどうしたのだろう、と思いました。しかも帰宅時間が毎日のように午前様となったのです。どうしたのかときいてみても『仕事が忙しい』の一点ばりです。これはきっと、アメリカが素晴らしいの連続でしたから女でも作ったのか、初めはそんな心配をしていたのです。いろいろと探りを入れてもみました。ところがそのような兆候は見られないのです」また沈黙である。心配しているのが手に取るように伝わってくる。

「食欲とか睡眠についての変化はありませんでしたか」「確かに食欲は以前と比べて落ちてきています。睡眠も、帰ってくる時間が遅くなるだけ、少なくなっています。『どうしたの』と聞いても『いや、別に』とつっけんどんで相手にしてくれないのです。でも初めのうちは、しばらくすれば元に戻るだろう、そう思ってほうっておいたのです。私も子どものこととかコミュニティーでのボランティアの仕事などで忙しかったので、そう心配ばかりしていられなかったのです」ここまで話すと、急に涙ぐむ。

二分ほど沈黙の後、「ところが先週のことなのですが、夜食をつつきながら小声でぶつぶつとなにか眩いているのです。『あなた、何ですか』と聞いても私のほうを見ようともしない。いったいどうしたのだろうと近寄ってもう一度聞いてみると『日本に帰りたい』と言うのです。あれだけアメリカに愛着を持っていた人がどうして、とびっくりしてしまいました。でも、もっとびっくりしたのは『オレはもうマンハッタンになんか行きたくない』と言うのです。『いったいどうしたのですか』と聞くと、一言ぽつりと『死んでしまいたい』と言って、それ以後私が何を聞いてもしゃべらないのです。これは心の問題だ、そう思ったのですが、だれを訪ねてよいのかわからない。それに精神科の先生の元を訪ねたということを他人に知られたくありません。迷いに迷ってイエローぺージをめくって先生にお電話をした。こういうことなのです」

これだけの内容を、まったく見ず知らずの私に話すということは、それだけ切迫した状況だ。そう判断してよい。そこで「お話はよくわかりました。できるだけ早い時期に、ご主人を連れてきてください」と次の日の夜六時のアポイントを与える。ところが夜も真夜中を回ったころ、M氏の奥さんからの電話でたたき起こされる。「主人に『医者の診断を仰ぐ必要がある』と言ったところ目茶苦茶に怒り出したのです。『オレは気違いではない。精神分析医のところなど絶対に行かない』と言って部屋に入り鍵をかけて出てこないのです」おろおろしているのが手に取るようにわかる。だが心の問題を扱っていると、よくある話でもある。

そこで、本人を説得することにした。「ご主人と話をさせてください」と頼むと、「あれだけ怒っていたのだから、電話口に出るかどうかわかりません」と不安そうな答えが返ってくる。侍たされること十五分、M氏が電話に出てくる。ところが奥さんの言っていたような剣幕はまったく感じられず、か細い声で、「〇〇銀行のMです。家内がいろいろご迷惑をかけています」と言う。一回も面識がなく、精神状態が動揺している患者の場合、長い間電話で話をするよりも、必要不可欠な会話の内容にしオフィスに来させるようにしむけなければならない。M氏のような場合、私のオフィスに翌日来てもらい、診察をまず受ける、それがいちばん重要なのだ。

そこで、「奥さんからの話を総合すると、かなりのストレスがたまっているようです。奥さんも心配していますし、明日の朝七時に必ず私のオフィスに来てください」と言う。だが、予想していたとおり、「精神分析なんて必要ありません。会社に知れたらクビになってしまいます」と日本人独特の精神治療に対する偏見が出てくる。この偏見は自分の首を絞めることになっているのだが、その実態に気づかない人が圧倒的に多い。こうした精神治療を受けたがらないという姿勢は、周りの目を意識する、という日本人の横並びの発想と深い関係がある。だが、M氏の奥さんはちょっと違った。周りの目などより、自分の家族のほうが大切だという、ごく自然な考え方で家族の健康を考えたのだ。だからこそ、M氏と私の対応を親子電話で聞いていて、「わかりました、明日七時に伺います」と優柔不断な彼の代わりに返事をしてきた。

さて、翌朝、、眠い目をこすりながらマンハッタンのオフィスに着くと、M氏と奥さんはもう待合室で待っている。中肉中背のM氏は、背を丸め、おどおどした様子で名刺を差し出す。私は、前日、奥さんが話してくれたことをかいつまんで説明し、どうして日本に帰りたくなったのかを聞いてみる。すると、「実は海外勤務などしたくなかったのです。でも会社の命令とあってしぶしぶ引き受けたのです」と本心を打ち明ける。「日本での勤務評価はたいへんよかったので、ニューヨーク支店の副支店長としての転勤命令となってしまったのです」とも言う。「でも奥さんの説明だと転勤を喜んでいたと聞きますが」「アメリカの居住環境には魅せられたのですが、仕事環境は悪夢のようなものです」と矛盾点を自分なりに説明してくれる。

「甘え」の心理が無責任体制をはびこらす

精神分析の講義を聞かされているみたいで、本来知りたいと思っている内容と違うではないかとお叱りを受けるかもしれないが、一言このM氏の対応について、精神分析的な説明をさせてもらいたい。さて、何が言いたいかと言うと、精神的な問題を呈している患者に対し、彼らの心の中にある矛盾点を指摘することは、患者の予後を知るためにとても重要であるということなのだ。M氏のように、精神分析医に矛盾点を指摘された場合、自分なりにその矛盾点を説明でき、より客観的に自分の置かれている環境に対処できるような対応ができるという場合は、患者の予後は良い。ところが、精神的な問題が重症になってくると、こうした矛盾点を指摘されたりすると、自分で説明できないばかりか、逆に精神的な動揺が顕著になり、これまで以上に症状は悪化する。すなわち、患者の話すことの中にある矛盾の指摘は、患者の精神状態の診断を的確に行うためには欠かせないテクニックなのだ。M氏のように、矛盾点を説明できたということは、心にまだ余裕がある、そう考えてよい。だから彼の対応ぶりを聞いていて、これならば外来で治療ができる、そう思いながら二ューヨーク支店での仕事の内容を聞いてみたのである。

「副支店長が決裁しなければならないものも結構あるのですが、通常は支店長が最終的な決定を行うのです。ところが支店長の席は事実上空席なんです。彼はブラジルに支店を作ることに忙しく、私は支店長代理という辞令をもらうことになり、実質的にはなにもかも私にまかされることになったのです。決断をすることは昔から好きではありませんでした。だからそれでなくとも、責任が大きくなったことで気が滅入っていたのに、支店長代理とはもう目の前が真っ暗になったのです」こうして彼の話を聞いていると、「責任を負いたくない」そんな性格が浮き彫りになってきたのである。責任の所在が明らかになるということは、批判の矢面に立たされることでもあるから、傷つきやすい性格の人はそのような状況を嫌う傾向にある。

M氏の場合、責任を回避したいとの性格は、裏を返せば傷つきやすい性格だとも言えるのだ。外国という地に来ることで不安は増大していた。それに加え、自信が揺らいでいたM氏は、自分の判断はひょっとして批判を受けるのではないか、そう思い始めたのだ。こういう心理状態に置かれると不安はますます増大する。不安という感情を好む人はいない。当然、不快な状況に置かれれば、その状況から脱しようとするのが人間の心理である。不安を排除すればよいのだが、不安を完全に取り去ることなどそう簡単にはできない。だが、そうは言っても不安も増大すれば病的な感情となる。

人間の体は病気と戦うすべを知っている。そこで、M氏の場合どうやって不安と戦ったかというと、昔優しくかばってくれたお母さんの元に逃避しようとしたのだ。子どものときを思い出してもらえれば、すぐわかると思うのだが、通常、お母さんは子どもを保護してくれる存在である。だから、不安を感じた子どもは、お母さんの元に逃げ帰り不安を解消しようとする。大人になっても大きなストレスがかかると、人間はそのストレスから逃れようと、無意識に昔、自分を保護してくれた人の元に帰ろうとする。その相手は通常、母親であることが多い。こうした現象を専門用語では退行現象と呼ぶ。

M氏は、外国に住み副支店長という重責を負わされ、しかも傷つきやすい性格でもある。これまで以上に不安は増大し、自分を保護してほしいという願望が高まった。その結果、無意識的に母親への依存度が高まったのである。実生活でどのように退行現象が現れたかは、追って説明していく。さて、M氏の職場での様子はというと、集中力が欠けたり、物忘れが多くなった。それがいらいらに転じて部下からは気難しい上司だとの印象を与えるようになったのだ。

また、M氏は前章のA氏と同様に、アメリカにおける勤労感覚に対する違いによるカルチャーショックも受けた。M氏は自分の感じたカルチャーショックを次のように語った。「いちばん困ったのは残業をしてくれないことですね。また昼休みというと、仕事が途中でも食事に出かけてしまうのです。仕事を中心にスケジュールが組めない、これが一番の悩みでした」 この、仕事第一の価値観と、個人の生活優先の価値観とのぶつかり合いはA氏と同じだ。お客の獲得には、ティッシュぺーパーを持っての挨拶回り、雨の日でも風の日でもお客が取れるならば、無駄とわかっていても足を運ぶ、そんな企業の論理の中で育てられたM氏はA氏同様、悲しいかな、アメリカの個人を大切にする考え方についていけなかったのだ。

「私にとって生活の充実とは仕事に熱中していることです。ところがアメリカ人は自分の生活を第一とする。アメリカに来て一年近くになりますが、こういった考え方はどうもしっくりきません。しかも私の銀行は日系のアメリカ人を結構多く使っているのです。また日系以外のアメリカ人の場合、日本に住んでいた経験があるとか、日本文化に興味を示しているとかが、採用の場合の大きな考慮の材料となっています。だからニューヨークといっても、責任は多少日本にいたときより重くなるかもしれませんが人間関係ではそれほど異和感がなくてすむかと思っていました。ところが、日本人独特の気持ちを彼らがある程度理解してくれるものと思っていた私が間違っていたことに気がついたのです。しかも、理解しないばかりか、日本人が大切にする仕事第一の価値観をバカにしてくるのです。がっくりきてしまいました」

「もう少し具体的に説明してくれますか」 「そうですね、残業に対する感覚の違いがショックでした。彼らはよほどのことでない限り残業などしません。日本では残業といっても、半分以上はサービス残業が占めています。でもこっちでは働いた時間全部がお金になるのです。しかも給料に比較して一時間当たりの報酬は二倍となります。日本でこのレートで残業代がつき、しかも働いた残業時間は全部お金になる、と言ったらほとんど全員残って残業しますよ。アメリカ人の勤労意識に接して、こうまで日米で違うものかと思ってしまいました」

ここにA氏とは違った、M氏独特の問題点が浮かび上がってきている。M氏は、日系人も含めて、日本を理解しているアメリカ人たちはお互いに気持ちを察し合うことができるものだ、そう言じ込んでいたのだ。思い込みの度合いの大きいM氏は、それとともに精神面で繊細な部分がある。日本にいたときにはこの性格が、以心伝心、あうんの呼吸という人間関係にプラスとなっていた。ところが、こうした繊細さはアメリカ社会ではもろさとして現れてしまったのである。相手は自分と同じ考え方をする、いや同じであってほしい。そう思っていたのに、現実は大きく違っている。同じであってほしいという願望と、そうでなかったときの失望。このギャップに彼は耐えられなかったのだ。それに加え、M氏は自分の信じていた価値観がまったく受け入れられないどころかバカにされている、そんな現実に接したため自尊心が傷つけられたのだ。

「以心伝心」社会と「イエス・ノー」社会の衝突

人間、性格的に繊細であればあるほど、あうんの呼吸で人間関係を運ぼうとするし、そうした対応を得意とする。この、あうんの呼吸とか、以心伝心は、言語による対話がなくても、動作など直感力を頼りにしたコミュニケーションを言う。この対話の基本型は、親と子どもの間に成立しているコミュニケーションに由来し、母性本能の強い人とか精神的に両親、とくに母親との結びつきが強い人間にはよく見られるパターンでもある。また、このような対話方式をとる人は人見知りをする傾向も強いことを知っておく必要がある。

ところが欧米では、言葉という媒体を使っての会話が進められる。会話も当然論理的な展開となり、イエスかノーの対応が不可欠となる。こうした対応は責任の所在が明確にされ、またリーダーの存在価値も出てくる。こうしたコミュニケーションの違いは、M氏と部下たちの間にぎくしゃくしたものを作り上げてしまった。 「この間ちょっと金利の計算をする必要があって、お願いするよ、と頼んだのです。ところが『これから休み時間だから駄目』と言って席を立ってしまうのです」 「どう感じましたか」 「どう感じたかって、当然、急いでいるからこそ頼むのです。それでなければ頼むわけがないでしよう。それをわかってくれないのですよね、アメリカ人は」 「腹が立ちましたか」 「そうですね。腹が立つよりがっかりしました。とくに自分に対して腹立たしい気持ちが出てきました。そう思ったら、どうしてこんなやつらと一緒に仕事をしなければならないのだろう。そう感じるようになり、なんか自分がみじめに思えたのです」 「なるほどね。いちいち説明させないでくれ。そこまで上司に言わせるなんて、そんな気持ちだったのですか」 「そのとおりです。やはり先生は日本人だ。でもニューヨークで日本の良さを求めても手に入らないのですよね」M氏は、急に顔を輝かして私を見る。どうやら彼の気持ちを理解することができた私に共感を覚えたようなのだ。私は彼のこの反応を見ていて、つくづく、以心伝心のコミュニケーションに慣れていた社会から、はっきりと物事を発言しなければ意思の疎通がない世界にくるということは、ストレスの多いことなのだ、そう同情してしまった。

しかし、安易な同情は禁物だ。「ところで、仕事と自分の生活のけじめをつけるアメリカ人の仕事ははかどっているのですか」と質問する。「それがね。不思議なんですよ。仕事のでき具合は決して悪くないんです。なにしろてきぱき仕事をこなしますからね。雑談もあまりしません」「そうすると、仕事がたまりそのしわ寄せがくるというより、アメリカってこうも違うのだ、それに対するショックがいちばん大きいみたいですね」と文化圏が変わることによるストレスに焦点を当てると、「私など、日本では上司の雑談を聞きながら仕事をしていたものです。仕事の合間にいろいろな話をするとストレス解消になるのです。ところがアメリカは本当に日本と違います。一度ある部下にヤンキースの試合がどうなったかをちょっと尋ねたのです。ところがうるさそうな顔をされ、『自分は仕事をしているのだ、そんな話はあとにしてくれ』と言われましてね。どうも昔の癖がとれないのか、ついつい仕事中、部下に話しかけてしまうのです。そうしたら『日本人って相手のプライバシーを気にしないのですね。でも私は、日本人ではありません。これから、部下に対しても話しかけるときはアポイントをとるようにしてください』と嫌みを言われる始末です。しかも相手は二十代そこそこの女性ですよ。腹が立つやら憎らしくなるやらで、こんな思いをするなら日本でのんびりしていたほうがましだ、と思うようになったのです」と憤懣をぶちまける。

彼が言う「アメリカ社会はあうんの呼吸で仕事が進められない」という部分はよく理解ができた。だが、仕事とプライべートな部分をごっちゃにして仕事を進めることをよしとしているM氏の判断には、アメリカで社会人生活を始めた者として、不思議なことに憤るものだと思わずにいられなかった。仕事より家族のほうが大切なのは世界の常識だ。M氏の部下の仕事ぶりは結構熱心のようだ。それに業績も落ちているわけでもない。彼の話を聞いていると、彼が文句を言うほうがおかしい、そう思ってしまう部分も大分あった。なぜなら、彼の部下の勤労態度はアメリカの企業社会では、ごく当たり前のものだからだ。

しかしそういう私もアメリカに来た当初はM氏と同様のショックを受けた経験がある。二つほど例をあげよう。私がまだアメリカに行ったばかりのエール大学付属病院でのことだ。ある患者の血液検査が必要となった。そこでこれまでの検査結果と比較しておこうと思い、午後一時に患者が来ることもあって十二時ちょっと前に検査室にいる秘書に過去の検査結果を病歴から引き出しておくように指示した。ところがこの秘書はもうすぐ十二時で食事だから午後一番にする、と言ったのだ。まだ日本的な勤労概念から抜け出ていないころであったので、なんという対応だと内心怒ったものであった。

でも考えてみれば、この秘書は私に、「緊急ですか」と聞いたのだ。そこで私は、「いや、緊急ではない」と答えた。その結果としての秘書の回答であったのだ。緊急でないのだから、仕事を優先させる必要などまったくなく、冷静に考えてみれば怒る私のほうが間違っていたのだ。

もう一つは、ミネソタ州立大学で精神分析医になるためのトレーニング中に起こった例である。まだ精神分析の基本とは何かを暗中模索の段階のことであった。ある日、女性の精神科医で友人でもある同僚が教授に、「緊急事態です。私の両親が結婚生活の危機状態に陥っています。家族で集まって話し合いをしたいので、明日から三日間ほど仕事を休みます」と言ったのだ。やはり日本的な価値観から抜け出られなかった私は、「どうして両親のことで、しかも生死を争うようなことでもないのに、三日間も休むのだろう」と思った。彼女が急に休暇を取ることで、全体の仕事にかなりの影響が出ることはだれの目から見ても明らかだったのだ。私が驚いたのは、そのことを十分知っているはずの教授の返事を聞いたときである 「それは重大な問題だ。三日と言わず必要なだけ休んでよい」と言ったのだ。

きっと日本だったら、主任教授は、「何を言っているのだ。親が病気とか危篤なら休むのもかまわない。たかが夫婦喧嘩ではないか。そんなつまらない問題で休暇を取るなどよく言える。三日も休まれたら仕事に滞りをきたす。よく考えてから、もう一度来なさい」 と言って門前払いを食わすだろうと思ったのだ。このとき、「なるほどアメリカ社会は、家族を組織に優先させるのだ。そして精神科という医学の基本は、友人とか家族の間に起こった問題を克服することにあるのだ」 ということに気がついた。この気づきが、私の人生観を変える一つの要因となったことは間違いない。こうして私自身が、カルチャーショックを体験するにつれ、M氏を診察するころは、アメリカ流の合理的な考え方が身についていた。

だが、大学卒業までは日本で暮らしていた私である。M氏がいろいろと述べたショックをある程度理解はできた。ただ、アメリカでの仕事環境に慣れるにつれて、日本で教えられてきた"仕事第一"の発想は、"組織のために"と発展し、結局、個人とか家族を大切にしない発想であることに気がついた。そこで新たに日本に根づいた"仕事第一"の発想を分析すると、これは一種の精神論であることがわかってきた。自分も家族も省みず、ひたすら組織のために働けば、最後に恩恵は犠牲の精神を貫いた人に行く。このような"仕事第一"の発想は、第二次世界大戦のとき日本軍が兵站を軽視し 「兵隊などにたいして食わせなくとも、気持ちさえ張りつめていれば、戦争には勝てる」 といった現実を無視したバ力げた精神論を主張したこととその基本を共有する。 「兵站が充実するからこそ戦争に勝てるのだ」 これが客観的な見方なのである。こうした精神論は現実を無視した一種のヒステリーでもある。すなわち感情論なのだ。しかもこの感情論の始末に悪いところは、集団という組織の力を借りて、置かれた環境を客観的に分析されることを拒否し続ける性癖があることだ。

人間性を損なう組織への忠誠心

私はアメリカでの経験を通じて、自分の生活を考える前にまず仕事、というバランスを欠いた生活をしていると、いつのまにか、個人とか家族の生活が、組織体という大きな力の前に屈してしまうことに気がついた。だからM氏のように、アメリカ人の仕事感覚に目くじらを立てていると、「Mさん。会社のためにと言ってはりきっているけれども、そんなに忠誠を尽くしても所詮組織とは冷酷なものですよ。しかもその忠誠心は、本当に大切にしなければならない、自分の生活とか家族との生活をむしばんでいるのですよ。もっと覚めた目で自分の所属する組織を見たほうがいいですよ」そう言いたくなってしまう。でも、精神分析はあくまでもストレスを解消する方法を教えるのである。社会改革を唱えるところではない。だから治療上は実生活が円滑に営めるように、いろいろとテク二ックを教えるように努めた。

ではアメリカでは、どのように個人生活を優先させるのか。その考え方は私が長くいたコーネル大学で次のように現れていた。まず、勤務時間帯は、午前八時から午後四時である。その間一時間の昼食時間が入り、それに加え午前と午後に十五分のお茶の時間がある。このお茶の時間は勤務時間内として換算されているから実質勤務時間は六時間半である。仕事はよほどのことがない限りこの時間帯の中で終了する。残業などほとんど存在しない。帰り支度は三時半ぐらいになると始まり、午後四時ともなると判で押したように、みんないなくなるのである。中には「自分は昼食時間に仕事をする。だから一時間早く帰る」。そう言った人もいたぐらいだ。

こうした対応がとれるのも個人の時間と勤務時間とが明確に区別されているからである。そのため病院といえども終業時間直前にオフィスを訪れるようなものなら、なんでこんな時間に来るのだと嫌な顔をされる。とくに私が勤務していた病院は、外科とか内科など緊急な患者を扱う部門がなかっただけに、終業時間ぎりぎりに訪れてくる人に対していい顔をしなかった。最初このような対応を見た私は、「患者のためを思って、もう少し優しさがあってもよいのではないか。あまりにもドライ過ぎるのではないか」と言ったことがある。ところが、私の意見を聞いたある上司は、「四時を境に次のスタッフがバックアップの体制を取るので、別に患者をないがしろにしているのではない。それより、『なんでこの患者のために自分たちの時間がつぶされるのか』と思いながら勤務するほうがよっぽど患者に失礼だ。病院は常に患者中心主義で患者は迷惑を被らないようになっている。また、患者のためにといっていつまでも仕事をしていたら際限がない。どこかで区切りをつけなければならない」と、言う。

初めはそのような考え方になじめなかったが、患者たちの待遇を見ていると上司が言ったように、患者の権利は十分に守られているどころか待遇そのものが日本よりもはるかによい。このような実態がわかるにつれて、私も終業時間にけじめをつけることは、患者にとっても私自身にとってもとても大切なことだということがわかってきたのだ

TOP [ニート・ひきこもり・不登校(登校拒否)の原因と親]

inserted by FC2 system