社畜ムラには
プライバシーがない

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宮本政於『在日日本人』より

日本人ビジネスマンの淋しき心
精神科医を訪ねただけで出世の妨げ?


ニューヨーク・マンハッタンの私のクリニックに日本人の友人から、知り合いの様子がおかしいので診てくれないかとの電話がかかった。青白いやつれた顔をしたエリートサラリーマンのAさんは私の友人に連れられてオフィスにやってきた。米国に来て約一年半、もともとはたしなむ程度だったアルコールの量が最近かなり多くなり、会議に遅れるとか、物忘れがひどくなるなど普段のきちょうめんさからは考えられないような行動が見られるようになったため、まわりの人々が心配してカウンセリングを受けたほうがよいとの結論となったのだ。

友人が後になってから語ってくれたのだが、私のところを訪れるまで、一波乱あったそうだ。日本人一般に言えることなのだが、精神科医に対して偏見を持っていて、自分から進んで診察を受けようとしない。Aさんもこの例にもれず、オレには精神的な問題などない、精神科の門をくぐるなど、会社にわかったら出世は終わりだ。家内の実家に知れたら恥ずかしい……、などかなりの抵抗を示したのだ。しかし、症状が抜き差しならなくなったため、彼もしぶしぶ説得に応じたのだ。

こうして私のところを訪れた日本人のほとんどに、ある共通する対応が見られた。それは、保険に入っているにもかかわらず、診療費を自費にしてくれとの依頼をしてくることである。医療費はどこの国でも安くない。ところが、その費用を自腹で切ろうとするのはどうしてなのか。初めのうちはこれがどうしても理解できなかった。あるとき、「どうして保険を使わないのですか」と聞いてみたことがある。すると「精神的な問題で医者にかかったなんて会社にわかったらもうそれでおしまいです」との返事が返ってきたのだ。「どうして会社に知れるのですか。保険請求の内容は他人に公表してはいけないのですよ」と言うと、「日本の会社組織はアメリカ社会とは違って、一度会社の保険担当のところに書類が回ったら、秘密は保たれないのです」と教えてくれる。Aさんもその心配をしている。こうした患者の話を聞いていると、どうやら会社という組織に身を置くと、個人の秘密は大切にされない。そんな実態が浮かび上がってくる。要するにプライバシーの概念が徹底していないのだ。

ちょっと話がそれるが、プライバシーに関わるおもしろい話があるのでそれを紹介しよう。帰国してから防衛庁で二年間ほど過ごす機会があった。国防を司る役所だけあってシュレッダーとか焼却処分とか、なかなか機密管理が行き届いている。そこで、「さすがですね」とある課長に言ったところ、彼は笑いながら、「宮本さんはまだ日本を知らない。実は日本の官庁に機密書類なんてないのです。プライバシーという考え方がよく理解されていないものだから、いったん書類になったら防衛庁という"内"に籍を置く人であればだれでも手に入るのです。そこで私たちは本当に秘密にしなければならないことは文書にはしないのです」と半分冗談まじりに日本の機密に対する考え方を説明してくれたことがあった。この課長の言うとおり、日本では"内"に属しているとプライバシーの概念が希薄なこともあり、その結果、何もかも筒抜けとなるのが実態のようなのだ。自分と他人との境界をはっきりさせる。こうした対応を尊重することがプライバシーを成立させる。ところが、みんな同じで一心同体という価値観を共有すると、いつまでたってもプライバシーの概念は育たない。集団という組織体に属すると、個の存在は否定しなければならない。だから個人の情報は集団の情報、そう解釈されてしまい、Aさんとか他の患者に見られたように、事実は組織に隠すという対応が生まれてしまうわけだ。

「白衣を着てなくても医者......なんだ」

さて、Aさんの話に戻ろう。ソファに腰を掛けるように言っても直立不動の姿勢で立っている。これだけでも重症だとわかった。「遠慮しなくともいいのです。座ってください」と一度座るように言うと、ちょっとバランスを崩したら滑り落ちるのではないかと思うようなところを選んでソファに腰を掛ける。まわりをキョロキョロ見回して落ち着きがないのもAさんのもう一つの症状だった。「先生は本当にお医者さんですか」がAさんの最初の一言だった。「もちろん医者ですよ」と言って壁に掛けてある医師免許証を見せる。それで多少安心したのだろう。「先生はとてもお医者様には見えませんね。アメリカでは白衣を着ないのですね」と言って改めてソファに座り直す。アメリカの精神分析医の多くは白衣を着ない。スーツを着て患者に接するためビジネスマンと違いがわからない。

しかし、座ったはよいが、Aさんは固くとじた貝のようにほとんどなにもしゃべらない。鬱状態に特有の症状が顕著に見られたのだ。精神分析はしゃべることを前提として治療を進める。そのためAさんのように口数が少ないと、会話をどのように成立させるか、治療はそこから始まることになる。鬱状態が少しでも軽くなれば、患者もいろいろと話をするようになる。そこに至るには患者と医師の信頼関係の樹立が必要不可欠である。だが、Aさんのように重症な鬱状態となっている患者は被害者意識がとても強い。相手が医者だと言ってもなかなか信用しない。信用してもらえなければ、いつまでたっても心は開かない。当然、症状は改善しないという悪循環となる。

このような患者の場合、正攻法で挑んだりすると信頼関係はいつまでも成立しない。だからこそ精神分析のテクニックが功を奏する。相手の懐に飛び込むようなコメントをするのだ。Aさんの場合は、「医者ならば白衣を着ているのが当たり前だ、と信じていたのに、白衣を着ないで患者の前に現れる。ショックがあったのもわかります。これはちょうどアメリカに来ることによって、これまで慣れ親しんでいた環境が変わってしまい異なった常識に対応しなければならなくなったのと同じようなことでしょう。結構つらいものですよね」とコメントをした。

こうしてAさんに共感していることを示すと、鬱状態により凍りついているAさんの心も、ほんの少しだが動いた。その証拠に彼は涙をポロポロ流し出す。だが、これっぽっちの共感を示しただけで涙が出るというのは心がいかにもろくなっているかを示していることでもある。

涙を流す患者の対応にはとくに神経を使う。というのもうっかりしていると、ついつい患者に同情してしまったりするからだ。精神分析を行う場合、常に相手の感情を冷静に判断するという基本がある。そのような対応が症状の改善につながるのである。だがどうしても患者に同情してしまうこともある。そのような場合、患者に対して一定の距離間を保つように努力をしなければならない。どうやって距離間を保つか、それは、なぜ患者に同情しているのか、その自分自身の気持ちを分析すればよい。精神分析の治療中にうっかり患者に同情して、もらい涙などは厳禁なのだ。だがこうした冷静な態度で患者に接していると、患者からお叱りを受けることもある。Aさんの場合もそうだった。

治療が始まって一一週目のこと、涙の止まらない彼を冷静に診ていたら、「私がこんなにつらい思いをしているのに先生はただ聞いているだけだ。なんて冷たい人だ」と怒ってくる。そこで私は、「ストレスがたまりにたまり、心が凍りついていましたね。それが溶けてきたのです。だからこそ、そうやって不満が言えるようになったのです。治療が前進している証拠です」と彼が自分の気持ちを素直に表現できるようになったことをほめてあげた。

だが、凍りついていた感情が動き出すときというのは、われわれ精神分析医にとっていちばん神経を集中しなければならない時期でもある。なぜなら患者の自殺の可能性が飛躍的に高くなる時期でもあるからだ。Aさんも「こんな毎日なんてつまらない。人生がこんなにむなしいと思ったことはなかった。いっそ車にひかれてしまえばと思うこともあります」などの自殺願望が出てきた時期もあった。しかし規則正しく治療に通ったこともあり、治療を重ねるにつれて、口数の少なかった彼もいろいろと、心の悩みを打ち明けるようになった。うっ積されていた悩みを自分から口に出すようになればしめたものである。ストレスが軽減されるようになるからだ。

得意のはずの英語が通じない、ああ

さて彼は自分のストレスいっぱいの環境について次のように語った。「私が勤めている会社は日本では超一流企業と言われています。私も東京大学出身で、入社してから上司の受けもよく、将来は幹部クラス間違いなしと思われているみたいです。周りがそう思えば、私もその気になるのでついつい期侍に沿うように仕事に力も入っていました。アメリカに赴任せよと内示が下ったときは、これを成功させれば、それこそ幹部間違いなしと思ったぐらいです。ところが私にとってアメリカ社会はストレスを与えてくれる場所以外のなにものでもないのです。なにしろ得意の科目であった英語のはずなのに、コミュニケーションがうまくいかない。まずこれがショックだったのです。英語の成績が常に"優"だった私が会話一つできない。考えてもいなかった事態なのです。それに海外勤務はこれが初めてではありません。東南アジアには合計五年ほどいました。そこでも英語は使わなければならなかったのですが、言葉に困ることはありませんでした」

そこでどんなときに会話に困るのか、もう少し具体的な内容を聞いてみると、「なにしろまず会話のスピードが違います。でもいちばんの問題は私の会話をすぐに理解してもらえないことです。しかもちょっと発音が違うと笑われるし、下っぱのくせして注意までしてくる人もいる。間違えて恥ずかしいなと思うこともあるのですが、その前に腹が立ってしまうのです。そんな毎日の連続だったのです」

Aさんはとてもプライドが高い。エリートコースを歩んできただけあって、秘書などに注意を受けるのは「許し難い」と反応してしまうようだ。しかし一年半もアメリカに住んでいるのだから会話も上達するのではないかと聞いてみると「ある程度は上達しました。でも、うまくコミュニケーションがとれないのです。なにしろ日本と違って部下が、一言ひとこと反論してきます。それに私が意見を述べたりすると、どうしてそういう意見となるのか、その理由を説明してくれなどと言ってきたりするのです。疲れるんですよね、これが」と返事が返ってくる。

しかし、彼が語ってくれた状況を聞いていると、ストレスのうっ積と彼の性格にはかなりの関連があることがわかる。要するに、自分の思ったようにまわりが動いてくれないと、彼はいらだつのだ。それに、単身赴任という一人暮らしの淋しさもストレスの要因となった。「私は日本にいたときから会社人間と言われていました。でも休日に体が空けば子どもたちを連れて出かけていました」と子煩悩な父親である部分を教えてくれる。単身赴任のつらさを彼は次のように語った。「初めは、家内も子どももアメリカには一緒に来たいと言っていたのです。でもちょうど子どもたちの進学の時期にぶつかったこともあり、あきらめたのです」

土・日をどのように過ごしているかを聞いてみると、「初めのうちは、仕事に没頭することで気を紛らわしていました。しかし不思議なものでニューヨークで土・日に仕事をすると、ひとりぼっちという気持ちがなおさら強くなってしまうのです。日本ではそんな気持ちになったことは一度もありませんでした。で、それでは気分転換に駐在仲間の友人を誘ってマンハッタンを探索したり、近郊にドライブに行ってみたりもしたのです。でも彼らの多くは家族が一緒に来ています。ひとの家族を見ていると、どうしても自分の家族が頭に浮かんでしまい、気分転換と思ってしたことが逆効果となってしまったのです」

Aさん自身は自覚していないのだが、日本にいたとき彼は自分のストレスを、週末を利用した家族との会話によって軽減していたのである。ところがカルチャーショックというストレスを受けたアメリカではストレスを解消してくれるはずの家族がいない、ストレスはたまる一方で、その結果なおさら家族を恋しく思うようになってしまったのだ。そのあたりの気持ちを、彼は、「これまで家族とずっと一緒に過ごしてきたからかもしれませんが、一人の生活がこんなにきついとは考えたこともありませんでした。だいたい、家族が恋しくなるなんて、そんな気持ちになったことなどなかったのですから」と表現した。

優しくないアメリカ女性

会話がうまく通じない。ひとりぼっちで過ごす毎日。これらが相当なストレスを与えていたことは理解できる。しかしこれだけがストレスではなかった。日本とはかなり異なる雰囲気の中で仕事をしなければならない、これがまたストレスとなった。とくに女性の対応についての著しい違いが、これまでのストレスに輪をかけたのだ。

「日本でも総合職として女性を採用するようになりましたが、『お茶くみ』に代表される女性観に基本的な変化はありません。とくに私の会社のように伝統のある会社ではその傾向が強く、女は男に尽くす、そんな考え方がどこかに潜んでいる男社会なのです。ところがニューヨークでの部下の半分以上は現地採用です。そのうち三分の一は日本人なのですが、現地採用の日本人は男性女性を問わず日本にいる日本人とは違います。とくにその違いが女性に顕著に見られるのです。彼女たちは日本人の顔をしていながら、とてもはっきり自分の意見を言うのです。これがショックでした。

でも不思議ですよね、アメリカという環境がこうまで女性を変えてしまうのですから。私も女性の扱いはそれほど下手ではありません。だから自分の意見をはっきり言う女性も、日本でなら、可愛いものだとおおらかな気持ちで接していました。でもここの女性はすごいとしか言えません。可愛いどころがおっかないんですよ。うっかりしたことを言えばみついてくるのではないか、少なくとも私にとってはそんな雰囲気なんです。一言で表現すると、アメリカの女性には可愛らしさがないと言うことですかね」とこれまでの自分の女性観がアメリカに住んでいる女性に当てはまらず苦しんでいる内面を説明してくれる。

ストレスは女性だけではない。アメリカ人独特の、Aさんの言葉を借りれば「ドライな人間関係」に不満を募らせていたのだ。「最初はちょっと信じられなかったのですが、私から見れば部下たちはまったくの利己主義者としか思えないのです。会社の利益より自分の生活を優先させる。つい先だってのことなのですが、日本から緊急事項だと言って山のようなファックスが入ってきたのです。ところが私の補佐役をしている女性は『今晩はデ—トだから来週早々に整理するわ』と言って帰り支度を始めたのです。私はカッときて、いったいお前は仕事とデートとどっちが大切か、と言ってしまったのです。そんなことを言ってもみ合わないことがわかっているのに、です。しかも言うことを聞かないばかりか彼女は『金曜の夜に仕事をするなど、ちょっと頭がおかしいか、よっぽど人付き合いが悪いかどちらかよ。ワーカホリックの日本人などと付き合っていられないわ』と捨てぜりふを言って帰ってしまったのです。仕事を残して帰っても、ちっとも悪いと思わないのです。おかげで部下の仕事を私がしなければならない羽目になった。どうもそれ以来ですね、精神状態が不安定になりだしたのは」

こうした環境の違い、対人関係の違い、人間同士の価値観の違いは不安とか不満、怒りの気持ちを誘発する。しかもAさんの置かれた環境ではそれらを発散させる場がない。おかげでストレスが蓄積されてしまったのだ。とくに怒りのうっ積は、自分の精神をむしばむようになる。Aさんの精神状態が不安定となった原因もここにあったわけだ。

彼が語ってくれた環境の変化だけでもかなりのストレスを感じていて当たり前だ。しかもそれに加え、東京からの仕事の量が半端でない。日本にいるときと同じように、時間にかまわず仕事が殺到していたのだ。人間のストレス処理能力には個人差もあるが、限度もある。Aさんのようにこれだけの環竟の変化があれば、そこから来るストレスを処理するだけで精一杯だ。それに加え仕事というもう一つのストレスがのしかかってきた。パソコンを使っていると、情報処理能力以上の情報を提供すると「オーバーロードという、これ以上情報をもらっても処理できません」というサインが現れる。人間の心もパソコンと同じで、その人が処理できる以上のストレスを受けると、Aさんのように症状が出てきてしまう。

「日本ならば仕事からくるストレスも、友人とちょっと一杯といってうさを晴らすことができます。ところがニューヨークではそのようなストレス解消の手段がないのです。なにしろ中間管理職は私一人、仕事が多いこともあり親しい友人もできない。だからちょっとした不満をぶつけようにも相手がいないのです」とAさんは自分の置かれた環境を嘆いていたのが印象に残っている。

カルチャーショック症候群の生まれる環境

このAさんの話は、マンハッタンで診た日本人の患者に共通したものであった。それは、公私の区別をはっきりさせる職場意識、職務時間中は真剣に取り組むが、残業は極力せず休暇の計画も仕事が暇な時期をにらんで、はやばやと提出してしまう態度にとけ込むことができないことだ。それはそうだろう。子どもの誕生日会に間に合うように帰れるかどうかもすベて仕事の流れ次第という、仕事オンリーの人生を送っていた人にしてみれば、アメリカ人の働きぶりは、「真面目じゃない」と映り、頭にもくるわけである。そして会社への忠誠心を叫べば叫ぶほど、社員から支持を得なくなるという現実も、日本人ビジネスマンにとってはいらだちの上塗りとなっていたのだ。

Aさんの場合、これらのストレスが重なったため、典型的なカルチャーショック症候群を呈していた。具体的には、些細なことにもいらだちが出る、だるさ、胃のもたれ、下痢、食欲不振、体重減少、不眠、無気力感、集中力の欠如、自殺願望などであった。初診のとき彼の症状が予想していたより重く、入院治療がベストだと思ったのだが、会社に知れるので入院などとんでもないと言う。そこで次善の策として、カウンセリングに加え抗鬱剤の投与を試みることにした。三力月ほどの治療を続けた結果、不眠症と食欲不振などの症状の改善は見られた。だが無気力さはなかなか消滅しない。そこでカルチャーショックの治療の最善策である、ストレスを与えている環境から逃れ、自分がいちばん穏やかに過ごせる環境に移ること、すなわちAさんをニューヨークから一時脱出させ静養を兼ねて日本への一時帰国を提案してみた。

「病気休暇?とんでもない」「先生、仕事で帰るのならともかく、休暇を取って日本に帰ることなど不可能ですよ。日本にいるのと違って休暇はもらえるのですが、会社のためになるような休暇の取り方をするのが当たり前という、不文律があるのですよ。見聞を広めその結果を会社に還元するという大義名分があるからこそ、日本で休みも返上して働いている同僚に対しても説明がつくのですよ」「だから、休暇というとアメリカ国内を回ったり、ヨーロッパに行ったりするのです。葬式ぐらいですね。日本に帰れるのは」「われわれ駐在員はそれでも日本で朝から晩まで働きずくめの同僚から比べれば、幸せなのですよ」と驚くベき答えが返ってくる。

「部下に対して『会社と自分の生活のどっちが大切か』との不満を表していましたね。それをそのまま自分に当てはめてみてください。自分の健康と会社の発展とどっちが大切だと思いますか」と質問をすると、彼も考え込んでしまい、「確かに、このままでは毎日の生活に張りがなく、なんの楽しみも感じない。どこか精神的におかしいことは自分でも理解できます。でも先生の言うとおりに日本に静養を取るための一時帰国だけはどうしてもできません。誤解しないでください。一時帰国ができないのは会社のためではないのです。私の病気の噂がニューヨークだけにとどまっていれば、噂などいずれは消えます。でも日本国内で広まったらもう終わりです。自分の将来を考えるととても日本には行けません」という返事となる。

そこでAさんの家族全員をアメリカに一カ月呼び寄せることにした。たまたま子どもたちが夏休みにさしかかる時期でもあったため、このプランが可能となり、彼は奥さんの家庭料理に舌つづみをうち、子どもたちと一緒に過ごすことによる応急処置で当座をしのいだ。だが家族三人を日本から呼び寄せた出費は百万円強となった。それに加え三カ月の治療費が約五十万円。全額自腹を切ることとなったのである。

しかし、私はAさんの治療を行いながら、いったい休暇はだれのためにあるのだろうと考え込んでしまった。と同時に日本では心の問題に対しての理解度がアメリカとこうも違うものかと驚いた。これまで住み慣れていた環境を離れればストレスが多くなるのは当たり前である。とくに外国に行けばそれだけストレスの度合いは大きい。このような事実は専門家が指摘するまでもなく、だれでも知っている。ところが「ストレスがたまってしまい、まいってしまったよ」と言うことができない。周りの目を気にするあまり、自分を偽って仕事を続けることになる。そんな仕事環境はなおさらストレスを増幅させる。

Aさんのような場合、いちばん効果的な治療方法は、ストレスを与える環境から一時的にも身を引くことである。アメリカなら病気休暇を申請すればすぐにでも許可が下りる。ところが日本企業では、そう簡単に病気休暇を使用することができない。おかげで有給休暇を利用することになるのだが、休暇をいちばん自分に有効に利用する方法がわかっていても、周りの目を気にしなければならないとか、休暇は上から与えられるものであるという考え方が根底にあるため、自分の思いどおりに休暇が取れない。そんな雰囲気がニューヨークに来てまでも漂っているのだ。

理解ある上司がいて、Aさんは救われた

Aさんにとって、家族が来たことは元気を一時的には回復させることになった。しかし、家族が日本に帰ってしまうと再び気力が失われていくのがわかった。そこで、彼と親しい上司を呼んで、「ニューヨーク勤務を短くできませんかね」と聞いてみた。もちろんAさんも同席しての診察である。Aさんの能力を十分評価しているこの上司は、「わかりました。考えてみましょう」と言う。

三週間ぐらいたってからのこと、上司から電話が入る。「われわれの共通の友人が新規の事業部をまかされることになりました。その人と相談した結果、その部門で彼を必要とする。そんなシナリオを組み立てることにしました。ただ今すぐとはいきません。一年先のことになります。それまでよろしくお願いします」

一年先のこととはいえ、先が見えたこともありAさんの症状は回復に向かい、ニューヨークを離れる三力月前には治療を必要としない状態に戻すことができたのだった。Aさんがニューヨークを離れてから一カ月ほどたったとき、その上司が私のところに挨拶にきた。そのとき、「先生、こんなことができたのは異例中の異例なんです。彼は運がいい。私がたまたま上司でしかも本社の人事も見渡せる立場にいたからこそ、あのようなシナリオを描けたのです普通だったら五年は勤務してもらうのですから、彼の人生はニューヨークで終わってしまったかもしれません」と話してくれたことが印象に残っている。

風の便りによると、Aさんは現在は本社の部長職についているそうだ。しかし、「休みなど取らない、休みを取りたいと言うのは"怠け者"のレッテルを貼られることだ。それに取りたいと思っても周りの目が気になって、休みなど取れない」という考え方の患者たちは、同時に自分の勤めている会社に対して時代がかった忠誠心を持っていた。少なくとも私の目から見たらそう見えたのだ。そしてこれらの価値観は神経症的な症状の現れの一つだろう、そう考えていた。

私のニューヨークでの生活で日本人との接触は、患者を除けばほとんどなかったこともあり、職場の雰囲気は患者の口から聞こえてくるものだけである。アメリカ社会にどっぷり浸かっていた私は、まさか「休みを取ろうと思っていても、取れないのが日本の組織社会の現実だ」とは考えてもみなかった。ところが、そう考えていた私が間違っていたことが帰国して初めてわかった。なぜなら、日本では週末もアフターファイブも仕事漬けになるような働き方がいちばん自然であり「休暇が取れない」とか「サービス残業に付き合わされる」という悲哀を私自身が味わうことになったからである。

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