休暇をとらない社畜、
とらせない社畜

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宮本政於『お役所の掟』より

一四日間の休暇申請

「宮本くん、休暇を一四日間もほしいなどと言うのはもってのほかだ。君は、アメリカ生活が長かったため、日本人の生活習慣がまだ身についていないとみえる。だいたい国家公務員としての自覚が希薄だよ。上級職だよ。僕の前任者は、君を甘やかしていたようだが、これから公務員としてのあり方を指導してあげよう。課長補佐になったら、休暇は連続してせいぜい三日が限度。まわりを見回してごらん、一四日間も休暇を取っている人間がいるかね。私などこの一〇年間、休暇など取ったことがない」

数年前のこと、私が出向先の防衛庁で課長に休暇を申請したとき、返ってきた言葉である。「国際化」の必要性を強調し、外国からの批判も意識して「生活大国」を掲げるようになった政府だが、足元の官僚組織をみると、その実態はおよそかけ声とはかけ離れている。しかも、その官僚組織は、日本社会の縮図とも言われる。十余年の米国生活を経てから官僚の端くれとなった私は、いまそのギャップに悩まされているのだ。いちばん困ったのは、休暇の取り方だった。米国では、休暇は年次計画の一環とみなされ、よほどのことがない限り、予定どおりに取れる。海外旅行の場合、とくに何力月も前から予約しないと、自分の希望しているレストランで食事をし、好みのホテルに投宿することはできない。希望どおりに旅行をしたければ、すくなくとも三、五力月前には予約を入れる必要がある。しかし、私が知った日本の慣習は、これとはまったくかけ離れたものだった。

「水さかずき」の世界

そもそも、驚いたのは、役人の世界には海外出張をいまだに特別視する風潮があることだ。海外出張というと、課を挙げての歓送会が開かれ、餞別が贈られる。情報が瞬時に世界中を飛びかい、一二時間で地球を半周できる時代となったいま、時代錯誤ともいえる「水さかずき」の世界が引き継がれているのだ。海外出張には「毎日の仕事から切り放されてタダで楽しむこともでき、うまいことをやった」との印象があり、ビジネスの一環という見方ができない。「海外」はバラ色の別世界とでもいうファンタジーが、まだ、大多数の人々の中にあるようだ。「海外はバラ色」であるとの錯覚に浸りたがるのは、裏を返せば現実の世界がいかに苦渋に満ちた毎日かを物語っている。遅くまでダラダラ残業をし、とくに一緒にいたいとも思わない同僚と顔を突きあわせ、まずい弁当で腹を膨らます。だれだって、こんな生活送りたいわけがない。しかし、大きな組織に属すると、個人の意向など風前の灯である。だれもありがたがらない組織の論理が幅をきかすようになっているのだ。だから、海外旅行のときぐらい「まわりに縛られず一息つける。ああよかったな」と思うのも理解できるし、「ひとりだけ、うまいことをやって」と、妬みの視線を浴びせたくなるのも人情なのだ。

こうした印象を拭おうとするあまり、海外出張は休日を返上して土・日曜を旅行日にあてる習慣があるうえ、到着するや、休日もないまま会議や交渉に突入する超過密スケジュ—ルを立てる。国際会議における日本人のスリーS (スリープ,スマイル.サイレンス)は外国でも有名だが、このうちすくなくともスリープは、ゆとりのない出張日程に原因がある。

「前例がない」

さて、休暇の手順についてもうすこし説明しよう。決裁は局長がするのだが、書類はそこに行くまでに担当係長、課長補佐、筆頭課長補佐及び課長等の決裁を経る仕組みだ。そのため、局長の決裁の前段階で暗礁に乗りあげてしまうことが多い。とくに、役所の慣行に触れるような問題は、局長に決裁権があるとは言うものの、本来の決裁権は同僚の手の中にあると言ってもよいのだ。

休暇を二週間取ろうともなれば、「長すぎる」「仕事が滞つてしまう」「急に君を必要とするとき、外国ではすぐ帰ってこられない」「前例がない」などとさまざまなクレームがついて、つぶされるの
がオチだ。とくに「前例がない」とのコメントだけは、絶対に同僚から出ないようにしなければならない。現状維持を是としているほとんどの役人は、「前例がない」との文言を使うことにより現状維持を図る。だから、役所内で「前例がない」を使われると、ものごとは、そこから先へは進まなくなる、組織の動きをホバリングの状態にしておく効果がある文言なのだ。組織という目に見えない力は、組織に属している人間に、この文言を使用させることにより、組織の慣行の不変性を図るのだ。このように「前例がない」は影響力のある文言である。だが、それ以外でも属している組織の中に、ひとりでも反対意見があると、長期休暇は取れなくなるシステムが構築されている。休暇は、個人に与えられた当然の権利であるが、ひとりだけ長期休暇を取ることは、著しく組織の調和を乱すと思われているのだ。

休暇に理解を示す上司も、なかにはいる。その課長が私にこう言った。「宮本、休暇を取るのはお前の勝手だが、課内に波風を立てるなよ。まあ、根回しを十分にすることだ」この課長は私に好意的な人で、私はありがたいアドバイスと感謝したのだが、よくよく考えてみると、不思議な忠告だ。そもそも、休暇を取ってどこへ行こうが、個人の自由であり、波風が立つほうがおかしい。

もちろん制度上は、正当な手続きを踏みさえすれば、局長であっても海外旅行の申請願を拒絶することはできない。しかし、その場合は周囲の妬みを一身に受けるばかりか、上役とのけんかも辞さず、役人としての将来に未練などないと開き直ることが必要である。極論すれば、役所では当然の権利であっても、集団がそれを容認しなければ、ムラ八分にされる覚悟がない限り、権利を主張できないというわけだ。それには、たいへんな勇気が必要であると共に、代償も大きい。

法事のため

さて、冒頭の休暇願の話に戻る。私は夏期休暇に二週間のイタリア.フランス旅行を計画した。だが、上司になんと言って休暇の必要性を訴えればよいのだろうか。まだ、「出世」にいささかの未練があった私には、この雰囲気の中でとても正直に言い出せない。考え抜いた末に浮かんだアイディアは、「田舎の和歌山で行われる法事に出かける」と、うそをつくことであった。役所は冠婚葬祭をたいへん重視する。とくに葬儀列席は業務の一環とまでいえる。だが、法事で二週間というのも無茶な話だろう。そこで、さらに一計を案じた。まず病弱の母に登場してもらう。今回の法事を逃すと、もう親戚連中とは会えないかもしれない。母ひとり子ひとり、旅行中の母の面倒は私が見るしかない、ということにした。和歌山を選んだのは、本籍地ということもあるが、そこが「陸の孤島」とも呼ばれ、東京から新幹線を使っても 一二時間ほどかかってしまうという事情からだ。病弱な母は長旅にはとても耐えられず、大阪に一泊する必要がある。しかも、法事に来られない親戚たちに会うため、ついでに福岡、岡山、金沢の親戚も訪れることにした。「冥土の土産」の親孝行。泣き落とし戦術こそ、最善の手法と踏んだのである。

役所では、六月の初旬に夏期休暇予定表と称するものが回覧される。この表に自分が希望する休暇の日程を記入するわけだが、これがくせものだ。課内全員の夏期休暇予定が一目瞭然となるからである。他人より多く休暇を取ると、目立つ。上下関係が徹底しているため、上司より多く休みを取ることなど考えられない。どうしても多くなってしまう場合には、二回三回に分けて、目立たないように取る。それもせいぜい他人より二、三日多くするのが関の山である。

権利か、義務か

さて、私はまず先任補佐に休暇願を提出した。しかし、あきれたように「こんな長期間承認できないね」と、そっけない返事。そこでゴマすり戦術に出た。お酒が大好きで、いつも役所に残って時代劇を見ながら飲む彼に、ある日つきあつて、「水戸黄門」を見ながらお酌を続けた。かなり酉が回ってきたところで、もう一度、話を持ち出したのだ。最終的に「しかたがない、宮本さんは厚生省から来ているのだから、同じところから来ている課長が承認すれば......」と言わせることに成功。次の日、課長に申し出ることになった。その課長の言葉が、この章の冒頭の発言だ。私とのやりとりを再現してみよう。

 法事に行ってはいけないというのですか。
課長 いや、期間が長すぎるのだよ。
 でも、六月の後半といえば、夏休みの時期にかかるのですよ、先任補佐はいいと言っていますよ。
課長 僕がこの休暇を承認したら、他の者に示しがつかないだろう。みんなだって長い休みが取りたい。それを我慢しているのに君だけ特別扱いはできない。それに君のポストは忙しくて、そんな暇はないはずだ。
 みんなも休みが取りたかったら、申請すればいいのですよ。周囲の目を気にするあまり、自分の思っていることを口に出せない。そのような人々にまで気配りしていたら、自分がやりたいことはなにもできなくなる。それにそんな気配りをすること自体、組織の発展を妨げるものだと思います。
課長 全員が休みを取りだしたら、仕事が滞ってしまう。きみはそれでもいいのかね。
 いつも夜遅くまでダラダラ残って、一杯飲みながら仕事をしているから滞るわけですよ。もっと能率的に仕事をすれば、役所の仕事は午前中に仕上がるものばかりです。
課長 なにをひとりよがりなことを言ってるんだ。みんなの意見をもっと聞いてみたらどうかね。
 みんなはみんな、私は私です。だいたい休暇を取ることは僕の権利で、他人に僕の権利をどうしたらいいかなどと相談するほうがおかしいと思います。それに有給休暇を取ることは僕の権利でもあるのですよ。
課長 君は権利の主張が好きだが、国家公務員としての義務をはたしているといえるのかね。
 当然です、必要な仕事は期限内に課長の手元に上がっています。
課長 しかし、仕事はまだまだ残っているではないか。
 でも、そんなことを言っていたらいつまでたっても休暇は取れないことになりますね。
課長 君ねえ、まわりの者は我々の会話を聞いているよ。声をすこし、小さくして話そう。我々出向組はそれでなくとも異端児扱いされるのだ。一枚岩のもとにあるとの印象を与えないとこのポストも奪われてしまうよ。
 それと休暇とどう関連あるのか理解に苦しみます。
課長 僕の立場もわかってくれよ。
 課長の戦術はずるいですね。課長の立場をわかれば、休暇を短くするはずだ。課長の立場がわからなければ非常識。いずれにしても、僕が泣く立場になります。
課長 君も頑固だねえ。
 どっちが頑固ですか。課長のほうが時代の流れを見損なつているとしか思えません。
課長 いったい君は仕事と休暇とどっちが大切なのかね。
 またその手を使う。仕事だと言わせて、それなら短い休暇で我慢しろ、と言いたいのでしょう。その手には乗りませんよ。
課長 君のように休暇を全員が要求してきたら、仕事にならない。
 全員が十分な休みを取っても、仕事が回るようにするのが管理職の仕事ではないのですか。休暇を取ることが難しいような環境作りをする。そんな人は適切な管理者とは言えないと思いますね。
課長 ああ言えば、こう言う、本当に君は弁が立つね。しかたがない、それでは、僕が代案を出そう、全部で一四日間になっているが、途中半日でもいいから役所に顔を出しなさい。そうすれば実質的な休みは四日と五日のふたつになる。多少の交通費の増額になるけれども、まあ君なら払えないこともないだろう。

開いた口がふさがらなかった。だいたいヨーロッパから途中で帰れるわけがない。それにも増して、建て前ばかり重視し、どうしたら書類上のつじつまを合わせられるかだけを考えていることにあ
きれかえったのだ。

 途中で帰って来るなんてとても無理ですよ。僕がいない間、だれが母の面倒を見るのですか。
課長 親戚がたくさん集まれば、君が二日ぐらい抜けても問題はないだろう。
 いや、休暇の半ばには、すでに和歌山を離れているのです。とても課長の意向に沿うことは不可能です。

課長室で四時間も粘ったせいか対応に微妙な変化が出てきた。この変化を自分のものにしないと負けだと考えた。そこで課長の耳をくすぐる言葉を探した。
 この休暇を認めてくれるならば今年一杯、残りの休暇をくれとは言いません。

どっちみち、残る休暇は八日間。来年に回して、今度は三週間の休みを取ってやろうと考えた。
課長 これだけ休みを取るのなら当たり前だよ。まあ、しょうがない。きみが残りの休みを放棄すると言ったとみんなに説明すれば、なんとか納得してもらえるだろう。

ついに休暇は承認された。だが課長室を去る私に彼は次の言葉を投げかけた。「旅行中の連絡先は先任補佐に渡しておくのだよ」一難去って、また一難。まさか、そんな指示がでるとは......。でも考えてみれば、建て前を重視すれば当然の措置でもある。親戚の電話番号を残すにしても、もし電話が行ったら、つじつまを合わせてもらえるだろうか、子供が電話に出て、「そんな人来ていないよ」などと正直に答えたらどうしよう。しかし、いちいち最悪の状態を想定していたのでは計画倒れに終わってしまう。そのときはそのときだ、と自分を納得させた。

貧困なる人生観

たった二週間の休暇承認をもらうのに、午後一杯の時間がかかってしまった。私の粘り勝ちであったが、時間の無駄といったらおびただしい。しかし、見方を変えれば私のように執拗に要求したから承認がもらえるので、熱意と決意がなければ不可能だということが、よくわかった。しかも法事という大義名分を使用してこの調子である。フランス.イタリアにグルメ旅行、などと言おうものなら「顔を洗って出直してこい」と言われるのが関の山であっただろう。

不思議でならないのは、有給休暇は当然の権利なのに、内容までこと細かく説明させられること。しかもなん人もの了解、承認を必要とするため、延々と説得工作をしなければならない。休暇をどこでどう過ごそうが個人の自由であって、それについての説明、説得など無縁であるべきだ。役所がプライバシ—尊重の理念などまったく持ちあわせていないことが、この例からもよくわかる。これが世界に誇る日本株式会社を運営している幹部の価値観かと思うと、なんと世界の潮流に乗り遅れているのかと思わざるをえない。彼らには「生活後進国」のブランド名を与えよう。


各地の親戚には十分に状況を説明し、万が一、役所から電話があったら、私はでかけているからあとで連絡させると答え、私の留守宅にすぐ連絡するよう頼んだ。私は毎日、ヨーロッパから家に電話を入れ、万一に備えればいい。さあ、やっと日本脱出だ。あとは役所から連絡が来ないことを祈るだけである。

最初の六日間は問題なかった。ところが、七日目の未明、母からの国際電話にたたき起こされた。役所から電話があったとのことで、連絡を取りたいとのことだった。さて、どうこの局面を乗り越えるか。役所に電話を入れるにしても、国際電話はバックにノイズが入り、聞き慣れた人ならすぐわかってしまう。とりあえず、東京にいる友人のところに電話を入れて、試したところ、五回電話して二回は明らかに国際電話であると判別ができるが、三回はよほど注意をしないとわからない、とのことだった。いちかばちか、と覚悟して電話。交換手はたちまち外国からだと見破った。「コ—ドレス電話なので」と言い訳をし、所属課につないでもらった。係長に用向きを尋ねると、友人が役所に電話をしてきて「連絡先を教えてくれ」と言っただけの話で、係長も国際電話とは気がつ
かなかったが、まったくの冷や汗もの。笑い話のようだし、うそをついたことはいまでも後ろめたさがないわけではないが、こうでもしなければ自分の権利さえ奪われてしまうのだから、しかたがなかったと思っている。

役所には、自分が粗大ゴミだと自慢している中年男たちがいる。家に帰っても家族からは邪魔者扱いされるため、居心地のよい場所は役所だと臆面もなく言う。これら粗大ゴミ族は自分の人生観を誇りに思い、休暇をどれだけ消化しなかったかを自慢する。長期休暇を取りたい、などと言おうものなら、眉をひそめ、彼らの貧困な人生観を押しつけようとする。このような人々が存在する限り、役所の中での長期休暇は夢のまた夢だ。

「横並び」の発想

さて、役所で長期休暇を取ることがいかにたいへんかが私の例からわかっていただけたと思うが、役所はこのほかたくさんの日本社会の旧態然とした習慣を引きずっている。それらの一部を紹介しよう。

中央官庁での生活は公と私の生活の区別がない。いや、私生活を公のため犠牲にすると言ったほうが適切だ。残業のため一〇時一一時まで役所にいることは当たり前。仕事が早く切り上げられ、やれやれと思う日は、同僚・先輩・後輩のだれかと飲みにつきあわされる。二次会のカラオケバーが終われば、もう終電車。日曜日は、つきあいゴルフ、同僚の顔を忘れる暇がない。アメリカから帰国してまもなく、私は出向先の先任補佐から、課長の引っ越しの手伝いに行けとの指示を受けた。それも日曜日である。聞いてみると、他省庁でもよくあることだそうだ。手伝う理由は引っ越し費用を安く上げるためだと言われたが、引っ越し終了後、さすがに課長は全員をレストランに招待し、飲んで食べさせて三万円ほどの出費となった。なんのことはない、安く上げた引っ越し代金は課員の飲み食いに回っただけだ。

同様のことが、課長の海外出張のときにも起こった。成田に送迎に行けと言われる。しかたなく自分の車を持ち出し、課長の送迎に使う。これもまた日曜日である。個人が課長にゴマをすりたいのならばわからないでもないが、組織が音頭を取ってこのようなことをさせるのは信じがたい。後日代休を申請したら、これらの行為は善意に基づいた行為で、仕事ではなく、代休を申請するほうが非常識だと言われた。「自分の時間」が存在することを否定しようとする論理のほうがよっぽど非常識ではないかと思う。

「休日出勤」という踏絵

しかし、見方を変えると、官僚組織に勤める人たちの心理では、「いつも一緒にいること」によって安心感を求めているとも言える。いっしょでないと、相手がいなくなってしまうのではないかという不安を引き起こすのだろう。役人の多くは、ひとりになると自分の意見を言えないが、集団の一員としてなら意見も言えるようになる。これは、集団で行動することにより、自己の確立を図っている証明でもある。だが、霞が関の官僚は、世界を相手に日本を運営している。公の場でも、一対一でやりあえるような強い人間になってほしい、と思うのは私だけなのだろうか。

私が役所に入ってまず驚いたのは、同僚が日曜日に出勤して仕事をしていることである。しかも、この「休日出勤」は、踏絵のような意義があり、踏まないでいる人間には、いろいろな圧力がかかってくる。総務係長が、みんなの前で「アメリカ帰りは余裕があっていいね、休日はいつも遊びに行けるのだから」と言ったり、先輩から「日曜に出勤してくるのは、出世にプラスだから、仕事などしなくともいいからたまには出ろ」と言われたり。役所というところは、オリンピックの精神のようなもので、出ることに意義があるらしい。

そこで私も絵を踏んでみることにした。しかし一時間でもばかばかしいことはしたくないので、知恵をはたらかせた。役所では休日出勤した場合、警備の関係上、出勤時と退庁時に警備員室に身分証明書を提示し、名前を登録することになっている。この登録ノートが各課ごとになっているため、次の日に来た人は休日にだれが来たかすぐわかるようになっている。これを利用することにしたのだ。

私は、仕事が忙しくない休日をわざわざ選び、朝、警備員室に行き名前を書きこみ、それからスポーツクラブに行った。買い物もすませて、夕方、役所に戻って退庁の登録。次の日出勤すると同僚たちは「このごろ、宮本さんも日曜日に出勤するようになったのですね」と意外そうながら、うれしそうな表情を見せた。アメリカ帰りの異邦人がやっと役所の論理にとけこんできたと思ったらしい。美しき誤解は隠れキリシタンを見抜けない。

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