無駄な会議を好む社畜

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宮本政於『お役所の掟』より

フリートーキング

予算編成は役所にとって、国会についで大切な行事である。だからなにをおいても最優先との姿勢で臨む。もちろん午後六時以降の時間帯も予算編成となれば犠牲となる。「おい、宮本さん。夕方から第一回の予算のフリートーキングをするから時間をあけておいてくれよ」いかにも大事な会議だからどこにも行くなとの気持ちが事務官の筆頭補佐から伝わってくる。「なん時からですか」と聞くと、「四時からだよ」との返事。「今晩は七時以降は私用がありますからそれまでおつきあいします」と言ったところ、「なにを言っているんだ、公用と私用とどっちが大切だ。よく考えてみろ。あんたは技官の筆頭補佐なんだよ、必ずいてくれなくては困る」と言われる。だが実はその夜、長年いっしょに暮らしている女性がアメリカにしばらく帰るというので、別れの儀式として、財布をはたいてフランス料理店に行くことにしていた。

そもそも午後六時以降の時間帯、私用を優先させるのが当然だ。それが私のポリシーでもある。でも、みんなの前でこう言われてしまうとポリシーを貫くのは至難の技である。だが、四時から会議がはじまるのが幸いだ。七時までは三時間もあるから議論も十分できるし、最初の会議である、七時には終わるだろうと、考えたのが大まちがいだった。

六時を回ると、いつもどおりにビールとつまみが出てくる。フリートーキングと言われるだけあって、だらだらと無駄口を叩きながら会議が進行する。七時近くになると係長はみんなに向かって、「今日の夕飯はなににする」と聞いて回る。ということは、いつもどおりに終電帰宅だぞとの号令をかけているのに等しい。フリートーキングと聞くといかにも聞こえがよいが、アルコールが入り、よもやま話、下ネタ話もちりばめられ、無駄の積み重ねの上に成り立った会議なのだ。一回ぐらい抜けてもまったく支障がない。しかも、なん回となくくり返すフリートーキング。課長だって初めのころのフリートーキングなどに出たためしがない。

また一見、私が主要メンバーのように言ってくるが、実際には主要メンバーのひとりやふたりが欠けていることもよくある。ところがどういうわけか、私に対してはより厳しい対応となる。なにかというと、私をターゲットにして「いじめ」がはじまるのだ。いつでも建て前を大義名分に、私に犠牲を強いてくる、この補佐に理由を説明したところで、おっかない顔をして、みんなの前でせせら笑うのがオチだとわかっている。集団のエネルギ—は恐ろしいほどの強制力を持っている。みんなが目を光らせている場合はとくにそうだ。ちょっとやそっとで部屋から出て行ける雰囲気ではない。

フリート—キングの合間を利用していろいろ、どうやったらこの場から出られるかを考える。なにしろ七時には帰れるものと考えていたため、相手に「遅れる」との連絡もしていない。レストランに電話を入れて遅れることを知らせるのも手だと考えたのだが、この雰囲気では 一〇時前に終わりそうもない。「さようなら」を言うためのデート。仕事のためにキャンセルとはとても言い出せない。しかも内容が伴わない仕事のためにだ。レストランでの待ちあわせは七時半。だんだんとあせりがでてくる。だが、人間はよくできたものでプレツシャーがかかるとよいアイディアが浮かんでくる。「トイレに行く」と言って部屋を出て、レストランに行けばよい、との案を考えだした。そこで、「ちょっと失礼、トイレに行ってきます」と言う。思ったとおり、だれも私を止めようとはしない、急いでエレべーターホールに行く。「だが待てよ、ここでみつかったら運のつき」と思った私は、わざわざ非常階段で十一階まで登り一階までの直行エレべーターに乗る。同僚にみつからないように、正面玄関は避け、裏の出口から脱出する。幸い、出たところにタクシーが来たので、それに飛び乗ってレストランに直行する。

これで落ち着いて食事ができると思ったのが大まちがい。一〇時半ごろ、「宮本さん、お電話です」とレストランの支配人が言ってくる。ここにいるのはだれも知らないはずなのに、いったいだれだろう。電話を取ると主任が、「宮本さん、みんな怒っているよ、覚悟しておいたほうがいい」とひとこと言い、電話が切れる。「あす、出勤したらなんと言ってくるのだろう」などと、いろいろな思いが頭の中を駆け巡る。でも、深く考えていてもしかたがない。あしたはあしたの風が吹くさと、食事に専念することにした。

家に帰ってから「不思議な話だ。どうして居場所がわかったのだろう」と考えてみたところ、二、三日前同僚のひとりに、かのレストランに行くと話したことを思いだした。同僚の告げ口でばれてしまったのである。おかげでそれ以後、味方だと思った同僚でも、とりあえず疑ってかかるような、素直さに欠けた対応を取るようになってしまい、いかに環境が人間心理に与える影響が大きいかを身をもって知ることとなった。

「仕事と私事、どちらが大切か」

さて翌日、いつもより早めに出勤すると、ふだんはしまってある布団が部屋のソファーの近くに置いてある。どうやら課員のなん人かは旅館「厚生省」に泊まったのだ。なんで泊まるはめになったのか聞いてみると、「宮本補佐がいなくなつてしまったので、大騒ぎになってしまい、結局よもやま話で終わったのです。でも事務官の筆頭補佐が荒れましてね。ウイスキーをがぶ飲みするものだから、われわれ若手は彼につきあわされることになってしまったのです」
「覚悟をしておけ」と言われたので、なんらかの反応があるかな、と思ってその日、一日過ごしたのだが、だれもなにも言ってこない。でもなんとなく変な雰囲気が漂っている。課員も私に対してよそよそしい嵐の前の静けさとはこのことを言うのだろう。予想どおり嵐は三日後に訪れた。

いつも私にからんでくる筆頭補佐が飲んだ勢いで、
「お前大事な会議をすっぽかして、いったいどういうつもりなんだ。技官の筆頭補佐なんだよあんたは。みんなに示しがつかないだろう」
それに加え、以前休暇で海外に行ったことまで持ち出して、ちくちく嫌みを言ってくる。
「それにだ、この前の海外旅行。俺にひとこともことわらなかったな。どうしてだ」
「もうすんだ話をぶり返してもしかたがないでしよう」
「そもそもお前の態度が気に食わない。いなくなるなら、はっきりそうと言ったらどうだ」
「私事があると言ったでしよう。聞く耳を持たなかったではないですか」
「仕事と私事とどっちが大切か俺が聞いたのを忘れたのか」
「覚えていますよ。でも聞いたところだと大した会議ではなかったそうですよ」
「会議の内容などどうでもいい。お前がいなくなってしまったことが問題なのだ」
「ゆうべは、私事のほうが役所の仕事に優先したのです」
「そんなバ力な話は聞いたことがない。役所の仕事はあらゆるものに優先するのだ」
「それはあなたの考えでしょう。私はもつとフレキシブルに考えるんです」
「なんだ、そのフレキ……というのは。ここは日本だぞ、日本語を使え」
「もっと柔軟な対応をするということです。大事な会議には私だって多少の犠牲を払います。でも、きのうのようによもやま話では、自分の生活の犠牲を払うだけの値打ちがありません」
「お前は、役人としての精神がなってない。少々俺が焼きを入れてやる」
「けっこうです。私はなにが重要で、なにが重要でないかの判断ぐらいできます」
「できてない、この前の休暇だってそうだろう。どうして俺にことわらなかった」
「課長と局長のOKは出ていたので、あなたの許可が必要とは思っていませんでした」
「俺を無視するのはけしからん。もし俺のところに来ていたら、海外旅行なんかに行かせなかった」
「あなたに私の行動を制限する権利などありませんよ。休暇は僕の権利です。それに休暇とフリートーキングから抜け出たことは別の話でしょう」
「お前のその態度が気に食わない」
「すみませんね、でも僕は変わりようがないんですよ。それにあなたに気に入られようと思って役所に来ているわけではありませんので。とにかく私の生活をとやかく言うのはやめてください」
「いつまでたってもアメリカかぶれが直らない、俺がその根性を叩き直してやる。説教をしてやるからそこに座れ」
「僕の信念はだれにも変えられませんよ。時間の無駄ですからやめましょう。相手を見て話をしたほうが賢明だと思いますが」
「なんだとこの……」
ここでなりゆきを見ていた同僚が割って入る。この一件は翌朝になっても尾を引いている。課長が出勤してくると開口一 番、「局長室に一緒に行こう」局長室で前夜の釈明をさせられる。局長の言葉を借りれば、私のゆうべの事務官の筆頭補佐への対応は「課の調和を乱してはいけない」という不文律を犯してしまったとのことだ。どうも貧乏クジを
引かされるのは、いつも私の役目となっている。

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